平 成 19 年 1 月 の 日 記 帖


平成19年1月31日(水)

法要へ




 神戸へ出向していましたので、更新再会です。

 ここ2日間絶好の晴天が続きます、春が来たのかと思う程のポカポカ日和でした。このまま春になって欲しいのですが寒波が来そうです。
葬儀も晴天、故人の人柄でしょうか。安骨と初七日を済ましてからそのまま神戸市へ向かいました。

 急なキャンセルも、宿泊先と薬石の手配をしていただいているのでかえって迷惑と思い少し無理しました。
昨年の12月初めに遷化され密葬は終わっているので本葬となります。

 津送(しんそう)と言います。一般で言う本葬のことで臨済宗では遷化してから四十九日目にします。(導師の都合にもよります)
津送をしてから直ぐに祭壇の飾り付けを齋会用に変えて、新忌齋(しんきさい)を引き続き行います。新忌齋とは、四十九日法要のことです。

 以上の法要に神戸市中央区の大倉山公園近くの廣厳寺(楠寺)さんへ行ってきました。
南禅寺派管長猊下を導師に迎えられて厳粛に行われました。
また表千家の茶道もされていたので関係者やお茶人の一般参列も多く焼香が長く続いていました。

 昨日もご覧の通り晴天でした。
中央体育館の前、この北側にお寺があります。画像上が津送の様子です。

 今日は教区の研修会が花園会館であり出向です。
早いもので今日で1月も終わりとなりますが、節分前とは思えない陽気が続きある意味異常です。
温かいのは助かりますがビックリします、この時期に雲原に雪がありません。

平成19年1月29日(月)

故人を偲ぶ


 昨日の朝は少し靄が出ていましたが直ぐに晴れて穏やかな天候となりました。やはりこの時期にしてはあり得ないような天候でしよう。
法務での納骨も穏やかな中で終わりました。

 夕方になって少し時雨れていましたが雪は降りませんでした。
雪が無く助かりますが気持ち悪いぐらいに昨年との違いに驚きます。

 今日は葬儀があります97歳のお婆ちゃんです。ご主人は早くに戦死されています30歳過ぎのことだったそうで以来3人の子供さんを女手一つで育てられて、60数年。さぞかしご苦労もあったことと思います。

 末っ子の方が出産直後の事だったそうです。昨夜の通夜の時、喪主のご挨拶でありました。想うところがあり時々詰まりながら挨拶されていました。
喪主ご夫婦は家内と同級生です。「お婆ちゃん子だったもので、、、、。」と涙ながらの挨拶、お父さんが10年程前に他界されているので重なるところがあったのでしょう。

 直前までよく話し、良く食し元気で施設におられました長寿とはいえご家族のショックは大きいものでしょう。
家内と同級生と言うこともあり気安く家族ぐるみの付き合いしています。息子1号と同級生の娘さんもあったりします。

 また私の晋山式の時には安下所となった家です。
お婆ちゃんとは何度も何度もお出会いはしていませんが故人を偲びたいと思います。午前中の告別式です。
 斎場から帰山して寺参り、夕方近くには初七日も一緒に安骨のお参りとなります。

 全て了してから、神戸市中央区へ出向となります。津送(しんそう)へ出席するためです法務最優先ですが重ならなくてすみました。
超多忙な月末となってしまいましたが、救いは雪がない事です。

 最後になりました画像の牡丹は過日行きました南禅寺管長様書院の玄関にあったものです。頂き物と言うことでしたがさすがに京都、雪の心配ありません。
一足も二足の速い春を実感しました。

 お婆ちゃんの祭壇もお花で一杯でした。

平成19年1月28日(日)

キンカン


 昨日の朝は雨でした時々大粒の雨が降ったりと時雨のようでしたが、次第に回復して雨は上がりました。時々晴れ間も見えて日差しがさしました。

 法務も移動しやすく助かります。
昨年なら雪かきして車を冬の中から掘り出す事から始まりましたが今年は足下が広く助かります。オーバーのようですが外に駐車していると車が埋まりました。

 雪道も気にせず穏やかな中の、お齋(おとき・昼食のこと)となりお膳を食しましたが家の手料理の方がやはり私の持病には最適です。
ついつい話し込み時間の過ぎるのも忘れるぐらいでしたが、途中携帯に急法務の電話が入りそこそこにして帰山しました。

 夕方に当家にお参りに行き日時や詳細の打ち合わせて帰山したときには暗くなっていました。
月末になって急激なる忙しさとなりました弱音を言っていたら住職失格ですね。

 前置きが長くなりました、ご覧の画像キンカンです。
昨日のお齋の時に頂いたキンカンです、生ですが甘く煮た物も食べましたが甘いのですがキンカン独特の味は久しぶりです。
柑橘類の好きな者にとっては生食が一番です。

 厚かましくお土産用まで請求する始末、持って帰り息子達が何これ何これと興味津々で食べましたがかじり後は私が食べました。
子供には酸っぱいのでしようか、キンカンのど飴の材料にもなり言うまでもなく喉によいキンカンです。

 これ食べて、「ええ声ぇ−−−。」出しましょう。特に今日明日は喉を使います大切にしましょう。
午前中はまた又満中陰法要と納骨があります。
午後7時にはお参りがあり、それまでに書き物等の準備に追われます。

 キンカン食べて良い声出しましょう。

平成19年1月27日(土)

水鳥プカプカ


 昨日は久しぶりに冷え込みました−5℃と寒い朝でしたが、日中は晴れて穏やかな天候となりました。
いつものなら寒さが厳しい時期だけに今年はやはり極端です。昨年とは大違いです、これからも雪が降る気配がありません。

 地元に置いてあった、除雪用の飛ばす機械(ローターと言うのか?)も元へ戻ったのか、何処かへ行ったのか過日運搬されていました。
昨年はフル稼働だっただけに、今年は出番が全然ありません。

 最近は国道の所々に温度計の表示があります、これも路面の状況等の判断になります昨日の夕方で11℃でした。
暖かいですね。

 今日の画像は湖面に浮かぶ水鳥です。
鴨でしょうか、昨年に撮ったものです宮津湾の湖面です。夕方、風に吹かれて悠々と流れに任せていました。

 夕方なので暗く鉛色です、少し夕日に照らされています。
昨年の12月の当時は雪がふり吹雪でした、鉛色の波だっただけに今年は寒い感じがあまりしませんでした。

 今年は何もかも昨年とは大違いの今年の冬です。
心なしか梅などの蕾が少し膨らんで来たような気がします、雲原では想像も付きませんが今年は桜が異常なほど早いかもしれません。

 今日は法務が1軒あります、満中陰ですが移動に雪の心配をせずたすかります。
1月も月末、後少しとなりました。

平成19年1月26日(金)

得度式


 昨日は京都は東山にある、聖護院門跡へある儀式に行きました。
修験宗の総本山として単立宗派でる本山です。奈良県の大峰山を主とする山伏の道場です。

 いまさら言うまでもないですが、実家の寺は聖護院の末寺です。
今回、毎年行われている1月25日の年賀式と得度式に参加してきました。私も小学校の時に父に連れられて年賀式の手伝いし、その後ある得度式で得度を受けたものです。

 息子2号を連れて年賀式に参加式、管長猊下(門跡寺院なので住職の事を門主と言います)に相見し、年賀式終了後ある得度式に参加式して正式に聖護院門跡の席へと入りました。

 長男は当山を継ぎ、二男は実家の寺の後継者として育成すべくその重要な行事となりました。
得度はすでに臨済宗で受けていますが新たに受けました。

 全員で36人でしたが、説明も含めて2時間近い式でした。厳粛かつしくしくと式は進み、最後に管長様から法名と証明書を拝受していただき終わりました。
息子以外は信徒の方々、年齢も幅広く色々です小学生と言うこともあり、代表して受け取りました。

 画像がその様子です、本堂の奥の間、めったに入れるところではありません。本人も緊張していた事と思います。
式が終わり早々に帰路につきましたが、逮夜参りがあったので名神高速、京都東インターから乗り帰りました。

 今日はいつもの通り送迎業務に戻ります。
月末なので寺務仕事もあります、夜には集会があります。忙しい月末となってきました。

平成19年1月25日(木)

京のお蕎麦




 昨日は午前中は晴れ時々曇りでしたが、午後からは曇りとなり時雨れました。時々アラレが降ったりして冬型です。しかし雪は降りませんね。

 小学校もせっかく20数年ぶりにスキー板と靴を新調したばかりなのですがいっこうにスキー場に積雪がありません。
楽しみにしているスキーの授業も出来ません。昨日の両丹新聞にスキー場を走る児童の姿が載っていました。

 今日の話題は食べ物ネタです。
過日、京都へ行った時のお昼に食べた天ぷら蕎麦です。京も内陸なのですがニシン蕎麦が有名だったりします。

 お店は、平安神宮近くの「河道屋養老」です。聖護院門跡の横にある知る人ぞ知る生そば屋さんです。
なかなか古い作りの店で、奥が深く座敷で食べれます。蕎麦は各種ありますが、養老鍋というメニューがあります。

 このお鍋、鶏肉に飛竜頭、生麩、野菜などで食べ最後に蕎麦とうどんを煮て食べるという鍋料理なのです。
京都らしい品が入っています。

 私も幾度か賞味しましたが如何に京風鍋で味でした。
勿論、生のざる蕎麦もあります、白い麺が特徴でしょうか。京都らしいお店で土曜日曜は待ち時間があるほどです。
観光客や修学旅行生がタクシーの運転手さんに案内されて来店しています。

 京都へ行かれたら一度行ってみてください。近くには聖護院八つ橋総本店もあります。冬の京都もなかなかおつなものです。

 今日はまたまた京都市内へ出向となります。
また後日その様子お伝えいたします。

平成19年1月24日(水)

記念切手


 昨日は曇り空の天候となりました。雨は降りませんでしたが時々日差しもありましたがおおむね曇り空、寒く感じました。

 やはり今年は異常なのか雪が無くなってしまいました。昨夜あった地域役員会(私は欠席)で2月の雪祭り取りやめとなってしまいました。
ここ最近では珍しい、私の記憶では初めての用に思います。暖冬もここまで来ると異常気象か。温暖化が原因なのでしょうか。

 今日の話題は、ある記念切手と記念硬貨の話題からです。
昨日、南極基地観測事業開始50周年記念として、ご覧の切手と500円硬貨が発売されました。

 切手は、それぞれに南極観測に縁の観測船「ふじ」「宗谷」「しらせ」飛行機、雪上車、隊員、コウテイペンギン、カラフト犬のタロ、ジロ、です。
硬貨は、南極大陸と観測船「宗谷」と、タロ・ジロ、です。

 何と言っても映画のモデルにもなった、タロ・ジロ、は有名で私たちにとっても随分前ですが映画を思い出しますし印象的です。

 1956年11月8日に第1次南極観測隊を乗せた観測船「宗谷」が東京・晴海ふ頭を出航し、翌年1月29日に昭和基地を開設しました。
 この50年間、日本の観測は近代観測を継続して行い、国際社会において大きな役割を果たすとともに、いろいろな観測成果を挙げました。
 オゾンホールの発見や、南北の両極でのオーロラの同時観測、惑星科学の基礎となる南極隕石の大量の発見などは、代表的なものです。

 地球温暖化や海面上昇などの地球規模での環境変動の解明においても重要な役割を果たしています。長年にわたるオゾン観測から生まれたオゾンホールの発見は代表格です。また、氷から過去の二酸化炭素の濃度と気温の変化が明らかになりました。
(切手の説明書より)

 最近とくに地球規模で起こっている異常気象は温暖化が原因なのでしょうか。観測でのデータが正直に物語っていることでしよう。
また極寒での観測隊員方々はこの現象を実感されていることでしょう。

 南極大陸の氷が溶けてしまえば人類の存亡に関わることです、南極大陸から氷が無くなる時代が来るかもしれません。
地球規模での環境を考えるいい機会の記念切手と硬貨でした。

 浮かれて買っている場合ではありませんね。

 今日は夕方から部内会と新年会です。街中の料理屋さんが会場ですが定休日と言うのに予約ならと営業していただける事になりました。
昨年の秋に布教師さんを接待したところです。

平成19年1月23日(火)

南禅寺へ


 昨日は言っていましたように京都は南禅寺へ出向していました。
朝は冷え込み霜が降りていました、福知山街中や途中の亀岡市内は霧が出ていました。
が、しかし京都市内へ入ると晴天の天候となっていました。

 さすが京都市内晴れていますしぽかぽか陽気です。底冷えのする都、本来ならこの時期もっとも寒いのでしょうが暖冬のようです。

 管長様との約束の時間に間に合いました。
5月下旬にある、与謝野町の慈徳院住職の晋山式(しんざんしき)に来ていただくお願いをしに、法類の和尚さんや慈徳院総代4人と総勢8人で行きました。

 拝請(はいしょ)といいます。一般寺院などは現在のこと郵送することもありますが本来は1ヶ寺1ヶ寺お願いにで向くのが筋なのです。
しかし老大師や導師等をお願いする方はそんな失礼をしては行けないので遠くてもで向くのです。

 今回は晋山式ですので、導師をお願いする訳ではありません。新住職の式を見届けていただき、ご訓辞を願い、式に出席していただくのが主なのです。

 緊張しつつもろ、お決まりの古式に従い書院にてお願いして、ご挨拶します。お茶を頂き、当日の大まかな打ち合わせをお願いすることとなりました。
寒いところになれている者にとってはぽかぽか陽気、汗かきました。

 管長様の予定もありますので早々にして帰路につきましたが丁度、昼時です。近くの有名店のそば屋さんへ行き座敷にて生蕎麦を賞味して帰りました。
午後からは京都市内も曇り空となっていました、北部に向かうにつれ雨となりました。

 雲原は雨、夕方にはミゾレとなり時々雨足も強くなっていました。
本来なら雪がふり、ゲリラ的吹雪となっていてもおかしくない雲原近辺やはり今年は違います。

 画像はお土産に頂いた管長様染筆の朱扇(しゅせん)です。
和尚が普段持つアイティムの一つで、普段使いの数珠と朱扇は定番の持ち物なのです。

 今日も急な法務ができ綾部市へまで出向となりました。

平成19年1月22日(月)

お地蔵様


 昨日は曇り時々晴れの天候でした。日中で10℃、曇れば10℃以下となり夕方には2℃ほどでしたが、やはりこの時期にしては気温が高いようです。

 午前中の早めに終了して、昼過ぎに娘を丹後は峰山駅に送り迎えしました。
丹後第九を合唱する会なるものがありすでに地元の方々と練習が始まっています。丹後へ行きましたが雪が全然ありません。

 山の上は白くなっているものの田んぼも屋根も日陰にもありません。今年はやはり何処もないようですね。
この時期なら雪の固まりが道淵にごろごろしているのですが1月とは思えません。

 今日の画像はお地蔵様です。
峰山へ行って帰りに撮ったものですが、与謝野町(幾地地区)から京丹後市(旧大宮町)へ越える峠にある平地地蔵です。
石で出来た5メートル程ある大きなお地蔵様ですしかも雪よけの藁で出来た蓑をかれられています。

 雪よけの為に毎年この時期のスタイルとなっているようです。もしかしたら以前にもご紹介したことあるかもしれませんがこの時期の風物詩でローカルニュースになることがあります。
古いようですが横の説明書きをひかえるの忘れました。写真取ったのですが携帯だったので読めませんでした鈍なことでした

 合掌されているお地蔵様も珍しいように思いますが。
しかし今年は雪が少なくお地蔵様も寒くなくて風邪もひかれないことでしょう。

 今日は月曜日いよいよ月末近くなってきましたが、京都は南禅寺へ出向です。
拝請(はいしょう)に行きます。管長様をお呼びするお願いしに某院の付き添いに行きます。詳しくは明日といたしましょう。

 冬の都もいいものでしょう。

平成19年1月21日(日)

ウナギパイ


 昨日の朝は晴れたので冷え込み氷点下となりました、しかしその後は晴れていい天気となりました。
日向はぽかぽか陽気のような天候です。車に乗っていたら一眠りしたいような陽気でした、とても大寒とは思えない日となりました。

 法務2件済まし、市民会館で公私立保育園の人権研修の講演を拝聴し帰山したのは午後4時を過ぎていました。
さすがに少しくたびれました。

 今日はそんな疲れた時に食べるお菓子?ウナギパイです。
昨日お参りに行ったときにいただきました。浜松市銘菓の春華堂のウナギパイです。
このお菓子にも又思い出があります。多治見市の僧堂にいる時に良くもらって食べました。
 関西人にとっては見られないお菓子ですが東海地方ではおなじみのお菓子です。
浜松の浜名湖はウナギ養殖の産地とは知っていましたが、そのウナギパイがあるとは知りませんでしたので驚いたのを憶えています。

 またチャッチフレーズが「夜のお菓子」と書いてあるから面白いですね。
中にあったチラシを見ていたら夜、家族団らんの時のお供にと言う意味だそうです。なるほど納得ですね。

 ご当地お菓子も色々とあり面白いですね、西日本ではないかと思っていたらあるサイトを見ていたら、島根にはドジヨウパイなるものがあるのです。
出雲ではおなじみのお菓子のようで随分前からありおなじみのようです。ウナギパイのようなパッケージで形していました。
味は食べたことないので分かりません一度賞味したいものです。

 東海地方のお菓子見るとお懐かしく思います。岐阜などへ行ったときには帰りのサービスエリアで購入して帰ります。
特に名神高速の養老SA内の売店にはいろいろとありますから、帰りに寄ろうと言うことでよります。

 今日は法務が昼前に一件あります。少しのんびり出来るでしょうか。

平成19年1月20日(土)

大寒ですが


 最初に、ご覧の画像は今日の雲原の様子ではありませんのでお間違えなく。

 今日は大寒です。1年で一番寒さが増し厳しい寒さが続く時期ですが今年は何処か違います。
植え込んだ朝を迎え氷点下ではありますがこの寒さもまだまだですし、何と言っても雪が降りません。

 このままだと、2月の節分に計画されている、北陵コミセンの雪祭りと雪灯籠の時に雪がなく出来ないかもしれません。
過去には雪を軽トラで運び雪灯籠を作りましたが、今年はその雪さえありません。

 昨年はこの時期毎日のように雪が降り1月の大半は雪との格闘が続きました。
何も雪達磨と格闘技の勝負するわけではありませんが、ほんと筋肉痛や腕の関節が痛くなるほどでした。
寒さも強く、氷点下10℃を記録した日もありました。

 ご覧の画像は、昨年の大寒ではありません。成人式の頃です。が1月はこんな雪の風景でした。
トップページの山門と比較してみてください。

 壁になっていました。
国道は何度も雪を飛ばす除雪機械が出動していました。除雪車も12月から1月はフル稼働していましたが、今年(この冬)は昨年12月末に1日出動しただけです。
今年は1月は未だ一度も出動する積雪に達していません。
昨年に比べると大きな違いで極端な気象変動です。

 いきなり大寒波がやって来たりして、急激な気象変動が起こるともかぎりません。
映画の中だけの世界ではなくなってきたかも、いやもしかしたら映画は予告編なのかもしれませんね。

 お偉い博士達には分かっているかもしれません、急に発表してパニックになるより映画で告知的しているのかもしれません。
なんて言っていると話が大袈裟で飛躍してしまいました、すみません。
しかしこれから何が起こるか分かりません。

 雪がないのも困りものです、水不足や田畑の害虫が死なないために農作物への害虫被害や病気の発生などなど色々と問題があるようです。
降るときには降って欲しいものです。

 過日、お堂へお参りに行った時、やはり話題は雪不足の話題なります。お年寄りの方の話によると過去、昭和30年台初めにも雪が降らず、節分時期に山仕事に山に入って行けたと言うことです。
周期的にやって来るのかどうかは分かりませんが、最近は温暖化の影響でしょう。

 今日は雪のない大寒ですが、法務が2件あります昼前に街中に法務が1件、そのまま急な法務を頼まれて会館へ向かいます。
又、保育園関係の研修会があり少し遅刻して出席します。

 忙しい今月後半を向かえました。

平成19年1月19日(金)

電車から生中継




 昨日の午前中は晴れていましたが午後からは次第に下り坂となり、午後3時頃には雨がポツポツと降り出しました。
少し寒くなり時雨のようでしたが気温はやはり高目のようです雪が降りません。

 さて、今日の話題は雲原から生中継となった所の話題です。
昨日の夕方、午後5時からの関西テレビのニュース番組での木曜恒例の生中継コーナーで雲原内にある、阪急電車に住む方の話題でした。

 放送は5時30分頃からでした、送迎中だったので帰ってから録画を見ましたが車両内での生活風景が主でした。
実際には一人で住んで居られますが他の人はエキストラのようです。檀家さんが一人混じっていました。

 ご本人は大阪の方です、電車好きが高じたのかどうかは分かりませんが、セカンドハウスとして自分で改良し生活しやすいようにされているようです。
TVでのインタビューの内容では、車両は10万円で阪急から買い、雲原まで輸送費と大型クレーン2台分等が300万円ほどかかったと言います。
高いか安いかは分かりませんが、鉄道ファンには憧れでしょうか。

 数年前に国道176号線の道淵の喫茶店の横に出現見晴らしも良く、直線道の所、結構目立ちます。
時々車止めて記念撮影している人を見ます、思い出があったり、珍しい、とかあるのでしょう。こんな山中で阪急電車が置いてあるとはビックリしますね。

 今年新年の両丹日日新聞の特輯記事の欄に載っていました。
以前車掌していて乗っていた車両だったと言う方もあったと言います。その道の方が見ると車両番号で、どの路線で年代まで分かるのかもしれませんね。

 私も学生の頃、師匠寺が豊中市の阪急宝塚線沿線だったので高校大学と阪急電車で通学しました。
懐かしいですね、この車両独特のカラー小豆色というのか。シートは濃いグリーンでベンチシートです。
特急は違いましたが懐かしいです、学生時代の思い出と弟子としての小僧時代を思い出します。

 当時、まだ宝塚ファミリーランドがあったので数年にと何度か、阪急電車の部品やグッズや幹線で作った文鎮、つり革、レールを切った文鎮や置物などなど色々な関連グッズを販売していました鉄道ファンにはたまらないレア物まで、行列出来る賑わいでした。
師匠にいわれてその列に並んだものです。

 現在もしているかどうかは分かりませんし当時車両の払い下げしていたのかどうかは分かりません。車両を売ってくれるとは驚きです。

 画像上が中継車です、午後2時頃に到着していました。午後6時過ぎには撤収作業も終わり帰ったようです。
画像下は、その阪急電車と撮影用ライトです。
共に携帯電話のカメラで撮ったものですので画素が荒いのでご了承下さい。

 関西ローカル番組だったと思いますので遠くは放送それていないかもしれませんのでご了承下さい。
和歌山の友人は、「見たデー」とメールしてきてくれました。

 今日もいつもの通り、如常です。

平成19年1月18日(木)

凍結防止装置




 昨日は朝から雨となりました、午後からは止みましたが曇り空とぐずついた天候です。
本来なら雪なのでしょうが、今年はほんと雪が降りません。
お寺近辺も雪はほとんどなくなり日陰に固まりとなっているぐらいです。

 この暖冬の雪不足で色々なところで影響が出ているようです。何と言っても行政の除雪費が違うようです。家庭では暖房費、我が家も灯油の消費量は昨年に比べて大違いですので助かります。

 しかし冬物衣料やスキー場は打撃が大きいでしょう。このまま暖冬で雪不足で終わってしまうと経済的損失は大変大きいようです。
冬の季節には寒く、夏の季節は暑くないと駄目ですね。

 今日の話題は冬場には欠かせない装置のご紹介です。
国道176号線雲原内を与謝峠にさしかかる所はカーブであり坂道であり、おまけにカーブの一部が橋梁の路面となっています。
上下線共に事故多発地点です、特に冬期は凍結や雪による事故が多発します。

 ご存知の方あると思いますが、清水自転車店さんの前になります。
その所に、最近凍結防止装置が出来ました。
名前は「オートカマグJET」という装置、北海道日本油脂株式会社の製品です。

 何かと思いますが簡単に言えば、環境にやさしい凍結防止散布装置なのです。
「カマグ」とは、酢酸系凍結防止剤(液状タイプ)の事なのです。一般的に使用されている散布剤とは違い塩素化合物を含んでいないので、鉄材やコンクリートの劣化を防ぎます。

 車にもいいでしょう、こまめに洗車しないと錆びてきますし、ここ最近ブレーキパッドが錆びている車が目立つようになったと何時も世話になっている自動車整備工の方が言っていました。

 自動と手動の切り替え可能、普通は0℃で作動し2℃で停止しますがこの設定は変更可能です。
またセンサーがあり車両と人を感知します。
画像下のノズルから散布されます(4ノズルタイプもあります)。装置の左横にあるのがタンクで1000リットルと2000リットルがありますが雲原にあるのはどちらか確認するの忘れました。

 昨年に比べれれば今年は凍結防止剤(通称・塩カル)の散布量や回数は少ないです。
この散布剤路面が白くなるぐらい散布されています。
今年は氷の粒のようなタイプになったような気がしますが気のせいか。この頃は海外物で大量にストックされているようです。

 道路のあちこちに置いてある袋物とは違い、数トン入りの袋と言うか大きな袋カゴのような物です。
やはり最近のこと、環境に配慮した装置も設置されるようになったのでしょう。
前冬場から作動しているようです。それでもこの場所は事故多発地点です、この装置に車が飛びこまないか心配ですね。

 今日もいつもの通りですが、午前中に来客があります。送迎業務が終わってからお参りが一軒あります。
午後は小学校の参観日となっています。

平成19年1月17日(水)

震災12年


 年月の過ぎるのは早いもので、阪神大震災から12年目となります。
12年前の今日、午前5時46分阪神地区を激震が襲いました。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

 仏教では13回忌となりますが、改めて大勢の命が失われた事に胸が痛みます。その年に生まれた人なら12歳となり、小学生なら成人している人も、それぞれに人生があるのでしょうが、年月と共に震災の風化が懸念されます。

 関西地方では番組で少し前からニュースなったり、話題となっています。
神戸のモニュメントを紹介したり等々、肉親や家族を失われた方々、今日一日鎮魂に包まれるでしょう。

 画像は、以前にも紹介たことありますが、「支承」ししょう、と言う物です。
阪神高速に使われていたもので、橋台(きょうだい)と橋桁をつなぐ部分を支承といいます。鋼材や材質には温度等による収縮があります、直接つなぐと大変ですのでその誤差や強度を緩和する働きがあります。

 ご覧の通りその鋼材が無惨にも引きちぎられています。地震の強烈なエネルギーが分かりますが、何と言ってもTVで報道された阪神高速神戸線の部分ですが横倒しになっている映像に驚愕したものです。

 ここからは、12年前を振り返ります。
成人式が15日と固定していた当時、連休に大雪なった雲原は1メートル以上の積雪でした。お寺から国道へい下りるのに当時パジェロに乗っていましたがボンネットを雪が越え、フロントガラスまで押し寄せました。そのことでどれだけの積雪でご想像はつくと思いますが一晩での量は初めての経験でした。

 四駆にチェーン巻いて走行したのを憶えています。国道は麻痺状態でした、17日の深夜には停電もしていました。
地震が来るのが分かる、唸り声というか何とも言えない気配がし大きく揺れました。タンスが倒れたりはしませんでしたが、電灯が大きく揺れていました。

 屋根には1メートル以上の積雪があったので重みで倒壊しないか冷や冷やしました。
丹後震災の事もあり丹後が震源かと思いましたが、淡路島近辺が震源とは思っても見ませんでした。

 直ぐにTVを見ましたが当初、神戸近辺の情報がありません、大阪や京都の映像があっただけに神戸地区の被害の大きさが分かるようでした。
夜明けと共に被害が分かりその大きさに驚いたものです。

 気にしつつも、屋根の雪下ろしをしていました。
法友のお寺に連絡したり、京阪神の檀家さんに電話したりしました。知り合いのお寺も被災し今では本堂も新築されています。
西宮市で知り合いが一人犠牲になったのがショックでした。

 数年は阪神地区も通れば被害の爪痕がありましたが、現在では殆どありません。
画像のようにモニュメントでしか知ることが出来なくなりました。
息子2号も5月で12歳になります、当時は出産前でした年月の流れを実感します。

 各地で追悼式が行われ犠牲になれた6434人の鎮魂に包まれます。

平成19年1月16日(火)

峠雪A




 昨日のは朝は冷え込み氷点下の世界となり−2℃でした。
路面が濡れていたので凍結箇所も有りスリップして道路外と飛び出している車がありました。
 放射冷却で冷え込んだ分、晴天となり青空が広がり日向は暖かく感じましたが比較的寒く日中でも10℃以下でした。
雲原も雪も屋根や山の中ぐらい残っている程になりました、境内も本堂屋根から落ちた固まりぐらいとなりました。

 3月下旬の光景です。天気がいいので園児さん達がその固まり遊んでいました。今年は雪遊びがなかなか本格的に遊べません園庭も土が見えていますこの時期にして珍しい事です。

 年賀状の抽選があり番号を照合してみました毎年沢山いただくものの数枚です。勿論、切手シートですが、今年は何と2等の「地域の特産品小包1個」が当たりました。
くじ運の悪い私にとっては珍しく、今年はいいことあるかも、、、。

 今日の話題も雪ネタです。
昨日と一緒の地域、先山区です。お伝えしたように豪雪地帯ですご覧の通り14日の朝の雪景色です。
画像上は、峠から見た所で見える家が1番峠よりの檀家さんです。

 偶然か、どうかですが昨日の両丹新聞にこの先山区の話題が載っていました。
8人でグループ(先山麹組合)を作り、麹作りの話題です。メンバーの中には、灘や伏見の酒蔵で身に付けた杜氏としての技術を生かし麹作りをされています。
詳しくは、両丹日日新聞のサイトをご覧下さい。

 杜氏の話題になりましたが、ご覧のように雲原内冬になれば雪国と変わります。
畑仕事や山仕事は出来ません、それで春の田んぼ仕事が始まるので期間わ利用して、灘や伏見の造り酒屋へ働きに行く人が多かったようです。今も居られるかもしれません。
12年前の震災の時も被災され飛んで帰って来た方もありますし、被災した酒蔵再建に従事された方もあります。

 丹波杜氏として灘や伏見の酒蔵を支え、良質の清酒を生産していたと言うほどだっと聞きます。西宮の僧堂に在錫していたこともあり知った酒造会社に行かれいた檀家さんも少なくはありません。
機械化されたとは言え、まだまだ杜氏の匠の技が必要でしょう。

 しかし高齢化も進み、私が雲原に住職した頃現役だった檀家さんも現在は引退されていますね。
過去には、酒蔵の樽(現代式樽)を掃除中に事故で亡くなられた檀家さんもあります。
杜氏仕事も危険と背中合わせですね。

 先山の雪話題から、麹、酒蔵と話が広がりました。この時期になればこのような事を思い出します。

 今日も如常です。

平成19年1月15日(月)

峠の雪




 昨日の午前中は何もなかったので比較的ゆとりの時間がありました。
外を見るのが少し遅くなりました、雪景色の朝となりました。今年し3回目程の雪景色となりました。

 積雪は数センチと雪かきするほどではありませんでした。路面にもありますがベチャ雪です。気温が高いのでしょう屋根から落ちてきます。
国道まで下りると量も違います、少しの高低差ですが積雪量が違うときがあります。

 この冬は雪ネタ不足ですそこで雲原内のある峠へ行ってみました。
先山区(さきやま)の峠です、ご覧の通りお隣は兵庫県で豊岡市但東町になります。豊岡市に接していると、驚かれるでしょうが市町村合併で最近変わりました。

 ここまでお寺から10分たらずでやって来ます。檀家さん宅から100メートルも行けば兵庫県に入るのです。
雲原が丁度境目となっており越えれば但東町薬王寺となります。現在では国道にトンネルが開通したので交通量も減ったものの時々姫路ナンバーの車が通ります。

 この峠、大昔は西国33番札所の書写山園教寺から成相寺へと行く巡礼街道だったと言うことです。丹後への古い古い街道だったのですね。

 雲原内でも一番の積雪量となります、お寺近辺に積雪がなくてもここはありますし、量も2倍〜3倍はありますね。
雲原内の豪雪地帯です昨年は雪の壁となっていました。

 午前9時頃に撮影に来ましたが気温も上がり、樹氷のように着雪した雪が落ちて来ていました。
昼頃には日差しもありましたが時々曇ってはミゾレとなっていました。

 今日は月曜日、いつもの生活に戻ります。
今週は大きな行事等もありません、いつもの送迎業務と法務が少し、あとは如常です。

平成19年1月14日(日)

12年前は


 昨日は晴れ時々曇りと比較的穏やかな天候でしたが、夕方になって雪がちらついていました。
気温は平年並みで日中でも寒いですね、今年は気温的には平年並みのようですが最低気温が高いようでろ、冷え込みがないようです。
これで余計に暖冬に思えるのでしょう。

 また今年はエルニーニョ現象が観測されていますが、この語源ですがラテン語と思いましたが「カタクチイワシが取れない(不漁)」という言葉が語源といます。
この現象が観測される海域はカタクチイワシの漁場といいます。

 と言うことで、気象学者ではありませんが今年は昨年とは大違いの雪不足の雲原です。
ネタ不足に困り古いアルバムをパラパラと見ていました。
12年前の写真からです。

 写真の日付が見えませんが、丁度12年前の1995年の1月14日の様子です。
当時は成人式が15日で連休でした雪が降り続き一晩で1m近い積雪となりました。その後にあの地震です早いもので間もなく12年目の震災の日がやって来ます。

 記憶も薄れがちになりますが当時の雪の状況一緒に強烈に記憶に残っています。
当時はパジェロに乗っていましたが大変役にたちました、冬用タイヤが間に合わなくチェーンを巻いて走行したのを憶えています。

 国道176号線も融雪散水設備がなく麻痺状態となり雲原が孤立したようになった時もあります。もっぱら除雪車による除雪だけで、これに頼るしかありませんでした。
昼間でも降り除雪車フル可動でした。

 この年も寒く大雪でしたが写真で見ていると、平成17年暮れから18年1月の積雪量が多いよう思います。
今年は大違いというものの節分時期には降るでしょう、か時期はずれに大雪なんて事にならないように願いたいですね。

 今日は午後からはお参りが2件あります。
1件は本堂で、もう1件は雲原内の毘沙門堂へお参りです。12年前は大雪でお堂まで行けず近くの会場からお参りしました。

 予報は雪でしたが午前中を中心に時々舞う程度でしょう。
回顧録のようになりましたが、12年前の出来事に記憶を思い起こしていました。

平成19年1月13日(土)

お屠蘇


 昨日は晴れているようで薄雲というか、モヤがかかったようなスッキリしない天候でした。10℃ぐらいになってましたが寒いく平年並み。

 温度差によるものか、何か別の気象条件があるのかは分かりませんが、まるで黄砂で霞んでいるような天候でした。
まさか今頃に黄砂現象ということはないでしょうがもしかして、、、。

 今日の話題は「屠蘇」です。
お正月気分もすっかり抜けていますが、以前成人式が15日であった頃には正月気分もありましたが最近ではすっかり様変わりしました。

 しかしそれぞれにご家庭で我が家ならではのお正月わ満喫されたことと思います。
その一つに、お屠蘇のお酒で祝われた方もあるでしょう。

 お屠蘇とは何ぞや、と言うと要するにお正月飲むお酒ですが、古くは中国で災難厄除けの為に、霊薬を調合し酒に浸して飲み1年間の災害をのがれ、幸福を祈念したのが始まりと言われています。
 屠は邪気を屠り、蘇は魂を蘇へらせるところから、屠蘇と名付けられたということです。
お酒(二合ほど)に少量の砂糖を加えご覧の袋を一晩ぐらい浸します。
「みりん」のようでもあります。

 生薬としての意味もある屠蘇ですが、さて配合されている中身です。
古くは、魏の名医華佗(かだ)の処方といわれます、山椒・白朮・桔梗・蜜柑皮・肉佳皮などを調合したものです。
日本では平安時代から行われたと言うことです。

 ご覧の物は、京都の香木店からいただいたものです。この店で独自に調合された物と思います。香りはお伝えできませんがいい香り、匂い袋のような香りもしますがお正月気分のアイテムですね。
あいにく元旦の朝から屠蘇を賞味しお祝いという事は出来ません、もの心ついた時から正月は忙しい日として育ってきています。
日を改めて試してみましょう。

 今日もいつもの土曜日です、午前中に一軒お参りがあり街中へ行きます。

平成19年1月12日(金)

昨年に比べて


 昨日の朝も寒さだけはあり午前中は雨が降ったり止んだり時々雪混じりのミゾレとなっていました。
午後からは止んで時々晴れていました。気温だけは平年並みのようです。

 昨日の話題ですがお便りカナダからでした、郵便局いった時に檀家さんでもある局長さんに訪ね分かりました。
早とちりというか、思いこみというか、いいかげんな事ですみません。

 今日の話題は冬の風景です。
今年はあまり雪のネタをお伝えできません先週降った時に撮ったものです。庫裏の裏山の雪景色、朝に撮影しました霧というかモヤがあがり少し幻想的な世界が広がります。
この遠近感というか、奥の深い谷です松の木が多いのですが枯れた木も多く、雪景色は気に入っています。

 何度も言いますが昨年と比べて大違いの積雪量です。境内も本堂屋根から落ちた雪が固まりになっているだけです。
昨年の今頃にはジャンプすれば本堂の屋根に手がとどきそうなぐらいの量となっていました。
高塀は埋まり見えません、はしごなしで庫裏の屋根に上がれました。国道は車幅が狭まり危険な状態、三岳へ越える峠は通行不能で送迎も迂回運行していました。
昨年の1月の帖を見てください驚かれることでしょう。

 毎年この時期、えべっさん寒波が襲来し本格的な雪となります節分過ぎまで次々と寒波が南下してきて積雪量が増しますが今年は殆どありません。
一仕事も二仕事も減り助かります、雪降れば夜明け前から除雪をしなければ間に合いません。
通学路の確保、園庭入り口、山道の除雪等々、雪国ならではの苦労があります。

 今年は拍子抜けするぐらい降りません。
後半どかっと降ったりすると困りますがこのまま春になって欲しいのですが水不足も心配されます。

 この極端差も異常気象の一つでしょうか、今年はエルニーニョ現象が確認されています。この影響でしょうか。
温暖化の影響でもあるでしょうか映画だけの世界では無くなってきたような気がします。

 今日はお参りが一軒街中にあり出向となります。
後はいつもの通り、如常です。

平成19年1月11日(木)

あるお便りから


 昨日の朝は放射冷却で冷え込み−3℃と氷点下となりました。
氷が張り霜が降りて白くなりました少し霧がでていました比較的いい天候でしたが午後からは次第に下り坂となり夜には時雨ていました。

 平年並みの寒さに戻りました、夷さんをお祭りする神社は賑やかです。福知山も御霊神社内にもあり笹持った人を見ましたし露店も数店ありました。
聞くところによると、十日戎で賑やかなのも関西ならではで関東地方では無いことはないのでしょうが話題にはならないようですね。

 今日の話題は、あるお便りからです。
ご本人に了解得ずご紹介することご容赦いただきたく思います。

 昨日(10日)に保育園に海外から届いたお便りなのです。エアメイル便ですビックリしましたがいただいた方は以前保育園に短期間ではあるものの在園されていた方、現在はお仕事の事情でご一家でアメリカは西海岸だったと思いますが在住されています。

 ご丁寧にもご一家の写真とメッセージでした、皆さんお元気のようで楽しい写真でほのぼのとします職員も一緒に楽しく拝見しました。

 お母さんも龍雲寺保育園を卒園され三岳ご出身の方なのです。
仕事とはいえご一家での海外生活は色々とご苦労もあると思います。恥ずかしくもHPを見ていただいているとの事ですので行事等はご承知のようです。
嬉しくも海外で見ていただいているとは、「欧米化」でしょうか何処かで聞いた言葉ではありませんがありがたいことです。
(欧米化かよ。と吉本の漫才師が言って流行しています、日本だけでしようね。)

 ドメインにしているので海外でも見ることが出来ます。ただし日本語PCでないと当山HPのソースコードを指定しませんので他のPCだと文字化けしています。しかし国内で見れればいいことで今後の課題としましょう。
これも過日の話題になりますが友人のサーバーとサポートのお陰様です。

 過日にあわてふためいた後に海外からお便りをいただき思う所があり話題とさせていただきました。
横文字は少々苦手ではありますが住所をたよりに返事を書きたく思います。勿論文章は日本語です。

 今日は天候も回復のようですが、山間部は寒気の影響で曇りが時雨のようです。
しかし今年は雪の量が昨年と大きな違いです。1年前の今頃は四苦八苦していただけに余計に思います。

 いつもの通りですが午後からは一件法務があり本堂でのお勤めとなります。

平成19年1月10日(水)

雪景色




 昨日は雪の連休明けとなりました。
思ったほどの積雪ではありません、しかし雪質は最悪で湿気が多く重たい雪で、べちゃ雪です。

 路面にもありましたが注意しないと危険雪です。送迎コースの雲原から三岳へ行く峠(神宮寺峠)や西石地区は量も多く倍はあります。
特に峠辺りは30pはありました。走行しにくい路面でマイクロは空なので軽くスリップしつつもなんとか越えられました。

 峠は木が雪の重みで垂れ下がっていました。こんな状況は初めてです雪質のためでしよう。四輪駆動でない普通車では峠は越せませんね。

 午前中は雪が降ったり止んだりしていましたが昼頃には晴れて太陽も顔を出していましたが気温は低く日中でも5℃以下、夕方には0℃近くまで下がっていました路面の凍結が心配ですね。
最近TVの天気予報(NHKローカル)で路面凍結注意報と言うものがあります。

 画像は昨日のお寺近辺の雪の様子です。終日そんなに解けて大きくは変わっていません夕方でも日陰は雪も残っています。
路面にも残っている所がありました。

 
 さて話はかわりますがこのサイトについて少し。
過去にも言ったことはありますがこの愚庵帖はもとよりHPは友人和尚さんのサーバーをお借りしています。この度サーバーを新調されたのにともない私のCPからのアクセス方法が少し変わりました。
その手順等が分からなく友人には手取足取り電話で1時間以上は教示いただきました。

 自分の能力の限界と言うか無いのにもあきれましたが、我慢して教えていただき感謝の言葉ありません助かりました。
転送ソフトも少し変わりそのソフトのダウンロードまで教示していたきました。

 数日前のアクセス不可は大雪ためによるサーバーの停電。昨日は私の能力不足と言うことになりますこれからも不都合があると思いますがご勘弁下さい。

 今日は、臨済宗の祖である臨済禅師の命日にあたる臨済忌です。また十日戎です関係の所は賑やかなことでしよう。

 あとはいつもの通り如常です。

平成19年1月9日(火)

雪の連休


 法務三昧で終わった連休でした。
昨日は風も弱まり、思ったほどの積雪もなく意外な朝となりました。昼前後には晴れて穏やかな日となりました。

 時々雨がパラパラと降ったりもしましたがおおむね天気でしたが、しかし午後からは次第に下り坂となり3時頃からは再び雪となりました。
湿気のある重たい大きな雪が降り、あっという間に真っ白となりました。

 しかも雲原近辺だけです、街中は降っていません雨でした。
雲原に近づくにつれて雨からミゾレそして坂浦トンネルを抜けると雪となります。何処かで聞いた詩ではありませんが、トンネルを出ると景色が一変します。

 全国的に猛烈に発達した低気圧の影響で被害が出ています。
昨年のこの時期を思えば雲原の積雪は大変少なくビックリします。去年は9日が祝日で休みとなり寺谷区の方々に雪下ろしをしていただきました。屋根の上には1メートル以上の積雪がありました。

 冬休みが終わるので有志の親達で通学路(国道歩道)の確保で日が暮れてからも除雪作業していました。何度も言いますが親だけ(雲原内の通学路だけです)でしました。

 画像は今日の早朝の雪です夜明け前なので暗くてすみません。湿気が多く重たい雪です。こんな雪質で沢山降ると木が倒れたり折れたりします。
長野県の木曽町では電線が切れて停電したと友人がメールをくれました。普段降らないところに降ったのでしょうか。

 午前中は降ったり止んだりでしょう。
今日、学校は始業式です学校も始まりいつもの生活に戻ります。急法務が休み中で終わり今日からは園長業務と送迎業務に戻ります。

 如常ですが、今年は法務多忙の年の予感です。

平成19年1月8日(月)

七草




 昨日は天気予報の通り朝から吹雪となりました。
午前中を中心に雪が降りました、特に朝は吹雪となり時々雷がなっていました。積雪は驚くほどではありません、風が強く寒い日となりました。

 そんな吹雪の中ですが、暗い早朝に娘が友だちと大阪へ劇団四季の「マンマ・ミーア」を見に行くとのことで大阪行きの路線バスに乗車するので丹海の車庫まで送りました。
(バスは雲原にも停車します)丹後も吹雪で真っ白でした。
帰りは雲原で午後8時前の便で下車しました意外と便利ですね。因みに福知山駅からは京都交通が神戸三宮の便を運行しています。

 午前中は法務や急法務の書き物を中心に寺務仕事三昧、午後からも細かな事の準備などしましたがなかなか部屋暖まりません。
:境内は予想外の積雪でしたが寒さが増します。
午後7時からはミゾレの中でしたが当家へ法務に行きましたが足下が雪、気を使います。

 という寒い日だったので、ネタは1日遅れでですが「七草粥」を食べて暖まりました。
ご覧の通りです。
土鍋で炊いたご飯で、作りましたが少し昆布で出汁取り薄味をつけ雑炊風にしました。

 あっさりとした出来と思っています
これに、暮れにいただいた高級ふりかけ「錦松梅」を少し入れて食べると又なかなか美味でした。
勿論ふりかけが最高の品です、お粥でも炊きたてご飯でも美味しくいただけます。

 後になりましたが、七草ご存知ですよね。
せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ、です。スーパーで買った徳島県産、阿波七草会のセットされた品でした。
今は便利ですね。

 今日は正午からの法務となります、寒い中足下が悪い中を荷担の和尚様も大変です。連休最後の日であり成人の日です、各地で式が行われますが寒いことでしょう。
福知山市も三段池体育館で参加自由で式典があるようです。

 法務三昧の日となります。

平成19年1月7日(日)

干支土鈴


 昨日の午前中は曇っていましたが昼頃には晴れ出しました。
予報では大荒れへの下り坂でしたが晴天となりました、しかし夕方には曇りだし暗くなった頃には時雨ていました。

 夜中になって風がでて雪になっています吹雪となりました。
やはり予報の通りとなりましたが全国的に大荒れのようです、木曽のお寺のライブカメラ見たら雪となり220pから30pぐらいの積雪となっていました。

 雲原は晴れていましたが風向きで普段降らないところにも積雪があるかもです。
嵐の前の晴れ模様でした。

 今日の話題は干支の飾り物です。
栗尾の松禅寺様から土鈴をいただきました。しかも2種類ですありがとうございました昨年も頂きコレクションになりそうです。

 干支の置物も色々ありますが土鈴も暖かみがあり良いですね。陶器で出来たのもありますがなかなか頂くことがありません。
以前は園、出入りの業者がくれましたが最近はありません。

 ありがとうございました。

 今日は寒く雪の一日となりそうです、どれだけ積もるでしょうか。
また、七草です。七草セットをスーパーで買ったので七草粥を食して暖まりましょう。

 連休は雪となりそうですが急な法務ができました正月早々法務三昧となり連休は休めそうにありません。
今年も何だか多忙な日々となりそうです。

 爆弾低気圧にご注意下さい。

平成19年1月6日(土)

おせち料理


 昨日は曇りがちの天候でしたが大きな崩れはありませんでした。
午前中来客があり応対、昼に娘を迎えに高校へ行ったりといつもの生活に戻りました。

 今日の話題はまた食べ物ネタになります。
毎年毎年のことですが年末年始は猫の手も借りたいぐらいの忙しさです。頂き物やあるもので齋座や薬石を済まします。
簡単直ぐ出来ることから麺類が多いですね、乾麺や半生のそばも頂きます。

 特に12月30日からは典坐(てんぞ・台所仕事)専門に一人アルバイトを頼みたいぐらいの忙しさです。
お盆の忙しさとは違い、来山の接客がなかなか大変なのです歳暮受けです。

 そんな年末年始、正月ぐらいはおせち料理で祝う間もありません。ようやく夕方になって一段落となりホットします。
そこで楽しみの一つ、食べれる物でご覧のおせちを頂きます。

 少し大人の味という料理内容から子供達には不評なのですが、料理店の品です。それは吟味された食材で比較的薄味なので食べれました。
味もなかなかなものですが、見た目も美味しそうです料理も見た目で味が左右される事もあるようですね。

 最近では広告も入っていますし、スーパーでもあちこちでしています。
福知山市内の料理店でも宣伝を良く目にしました。ここ最近は配達してもらえるので某料理店(通称・丹波の奥座敷)で頼んでいます。

 年末にいただいた、「北の都」も正月ということで少し賞味しました。
大晦日からほぼ鉄や状態だったこと久々の飲酒ということもあり、くらくらして意識が薄れて行き、気がつけば夜中でした。

 ここ最近はそんなお正月となっています。姪達も成人し就職や大学生なので元旦に来て早々に帰っていきます。
一家で遠慮があるのか忙しいのか分かりませんが、姪や子供達が大きくなると年末年始の過ごし方も様変わりするものですね。

 今日は小寒でもあります、また3連休の方も、仕事始めしたかと思えば連休です。
が、しかしこの連休荒れ模様の予報です、2つの低気圧が列島を通過し一つとなり猛烈に発達するようです。

 北日本は特に大荒れのようです。山陰から北海道の日本海側は大雪の予報でしたが、さてどうでしょうか。
いまのところ曇りがちですが落ち着いています。気温は平年並みのようです。

 法務は午前中に1軒、街中にあり出向します。

平成19年1月5日(金)

年末行事でした




 昨日は曇りながら比較的穏やかな日となりました、去年は屋根の雪下ろしの準備などで駆け回り、出来るところからし始めました。

 曇り時々晴れ気温も比較的高い方でしよう。この時期から本来の寒さが増すのですが今年は少し違います。
何もないかと思っていたら、保育園関係でご不幸があり福知山駅近くの会館へ閑栖さんと会葬に行きました。

 今日の話題は昨年の大晦日からの話題です。
除夜の鐘ですが何度言いますが、最近にない穏やかな日となり星空で月が出ていました。冷え込み寒く氷点下でしたが、ミゾレや吹雪より良いです。

 焼香して鐘をついていただき腕輪数珠を持って帰っていただきます。
寒いので熱いものをと言うことで、おでんにしました。以前は大根とお揚げだけでしたが今年はおでんにしました。

 大鍋に煮ましたが殆ど無くなりご覧の分量ぐらいしか残りませんでした。
美味しかったのか、おでんが良かったのか、寒くてあったのか、ご覧のように入れて来山者に渡しのが良かったのでしょう。

 お陰様で大勢の方に来ていただき感謝です。
気象天候の状況で大きく違います、以前には吹雪で数人ということもありました。色々な事もあります。

 おでんの端に見えている蒲鉾は毎年京都の友人が送ってくれる蒲鉾です。友人の奥さんの実家が蒲鉾屋さんなのです。
京蒲鉾です美味しく頂きました、中でもチーズ蒲鉾はなかなか美味です。
 
 今日から保育園も平常に戻ります、如常となります。
送迎業務も始まりいつもの生活なります、娘も部活が始まります又バタバタしたいつもの家庭となります。
年末たまりにたまったゴミ出しからしましょう。

 年末降った雪も日陰ぐらいにしか残っていません連休に寒波が来るようです。どうなることでしよう。

 今年は雪ネタ不足です。

平成19年1月4日(木)

今年の年賀状


 昨日の年頭の配札も無事に終わりました。
午前7時に息子2人と荷担を頼んだ檀家さん(かままこさん)の娘さんとで出発しました。家の続くところは歩き離れているところは伴走の車(家内の運転)に乗り回りました。

 予定の時間より早く終わり昼までには終わりました。
お年玉や頂いたお菓子などを分けて妻座は鬼そば屋へ食べに行きました。午後からは加悦谷と福知山街中へ30軒弱回りました。
国道9号線などはすでに帰省の為か渋滞していましたが裏道使い時間ロスを計りましたので夕方には終わりました。

 帰りに普段そんなに混まない某大型店へ買い物に行きましたが、駐車スペースがありません。近くの交差点も渋滞していましたが迂回して帰山しました。
盆正月は地方も賑わいます。

 ところで今年の年頭は天候恵まれ晴れでした珍しいことです。雨や雪や曇りの天候が多いのですが晴れました。出発時は寒かったのですが晴れれば暖まり子供達も上着を脱ぐほどでした。気温も10℃は超えていました。
昨年は、大雪の中で雪が降りしきる中でした。しかも雪下ろしの家もあり玄関へ行くのに雪の山わ降りていくというものでした。

 昨年とは大違いの年末年始です。

 話が長くなりました本題へ、今年の年賀状です。
今年も各方面、檀家さんや友人関係などなど色々と拝受しました。昨年は印刷しながら大雪の除雪で手一杯となり書けませんでした。しかし個人的関係は家内がなんとか書いてくれましたので助かりました。

 時代を反映しメール等で頂くお便りもありますが、葉書がやはり主流でしょうか。中には木製の「郵便はが木」もありました。
パソコンで作り印刷された葉書も多くなりましたし写真プリント用の葉書もあります。

 今回は早く印刷し12月初めに宛名書きを済ましました。
又今回は3種類作りました、檀家さんや寺院関係の印刷したもの、写真ポストカード(元旦の画像)日の出の写真、友だち関係や個人関係の家族写真となりました。

 家族のものは娘が担当し作りプリンターでコピーしました。
画像の中央にある葉書がそれです、年男の息子2号が飛んだように見えています。
中には我が家の年賀状を楽しみにしている方もあるとか?、何と言ってもお笑い一家の写真です。
過去には、仮装したりなどなど、元旦からインパクトのある年賀状を出していたものです。

 今年はまだおたなしいものです。
その年賀状が届いてお笑いいただいた方もあるでしょう。

 今日は正月行事も終わり何もありませんが本堂の片付け等雑務が残っています。
正月が過ごせそうですが明日からは送迎業務も始まります。連休の方が休息できそうです?。

平成19年1月3日(水)

豆に


 昨日は天候が悪く午前中を中心に雨となりました、午後からも時々雨がぱらぱらと降るあいにくの天候となりました。
夜には時雨となっていました。

 今日の話題は食べ物ネタからです。
黒豆です、ブランドとしての評価の高い丹波の黒豆です。檀家さんからいただいた豆を暮れに煮ました。

 大きく煮くずれもせず割れず出来上がり満足しています甘さも抑えて黒豆本来の味を引き出したつもりです。
年末の多忙な日々でしたが歳暮受けのあいた時間を利用して作った次第です。

 皆さんもそれぞれに家庭の味があるでしょうしレシピはあるでしょうが、私は豆を24時間は水につけます。
釘など鉄分を入れれば黒色が引き立つと言いますが、丹波黒豆はしなくても黒黒としています。
後は吹きこぼれないようにアクを取りながらじっくり時間をかけて煮るだけです。

 味付けは、みりんや砂糖、塩を少しぐらいで味を調えます。
容器は撮影用に珍味入れでしょうか、イクラが入っていたような、豆が黒く写り一粒一粒が分からなくなりましたが、料理屋さんで出てくるぐらいの仕上がりでしようか。

 新年から豆食べて豆に行きたいものですね。

 今日は年頭です。大般若の祈祷札を檀家さんに配って回ります。息子達と檀家さんから1人子供さんに依頼しています。
子供達が家の前で、「龍雲寺年頭」と言って先に回り、後を挨拶し回ります。

 午前中で雲原内を終わり、午後からは加悦方面と福知山街中を回ります。
午後からの部は車で回りますが、25軒ほど有り終了は夕方となります。今日で正月行事終了となります。

 明日は比較的ゆとりの日となりますが、本堂の片付けと鏡餅を切る(少しでも柔らかいうちに切ります)事などが残っています。

 そろそろ帰省ラッシュとなるでしょう。今年は天候に左右されることもないようです。
5日からは保育園も平常に戻ります。

平成19年1月2日(火)

干支色紙


 元日は、ほんと最近無い珍しく晴れて良い天気になりました。
冷え込み−4℃となりましたが午後まで晴れていました夕方には曇っていましたがまずまずの出だしでしょう。

 午後まで年始の来客の応対で寺族そろって、おせち料理を囲みお祝いと言うことは出来ません。
夕方にになって一段落がつき、ホットしたところで齋座のような薬石のような事となりました。

 少しお屠蘇もいただいたので、意識が次第に薄れてそのまま床へお休みなさいでした。
さすがに大晦日から徹夜状態だったので仕方ありません。
数年ぶりの長時間睡眠となりました、寝だめしたみたいです。正月番組は結局見ることが出来ませんでした。

 画像は言うまでもなく今年の色紙、大晦日の夜に完成となりました。
字は、「直進」と読みます。猪にあやかり、良いことはまっしぐらに行け、正直に進み生きていこうと言った意味でしょうか。
転じ嘘をつかず、人をだますことなく日々暮らしたいものです。

 昨年は色々あり噂に翻弄されました。今年こそはまっしぐらに行きたいものですね。
言っていましたように、字は友人和尚さんが手本をしたためてくれました。見ながら書いたのですが奉書の色紙ではなかなかうまく書けません。
と、言い訳しておきましょう。

 定形外の封筒をカットして袋に、真ん中に龍雲寺の印を押しました。この印は私の手作り数年前に作った物です。
手前みそですが、一応は当山オリジナル色紙です。僧堂の老師様や管長様の色紙も良いですが、檀家さんには菩提寺和尚の色紙がいいかなぁーといい気になっています。

 さて、これからは他府県の檀家さんやお世話になった方への発送となります。
昨年は大雪でなかなか出来ませんでした、今年は早くに発送したく思いますが何があるら分かりません。

 300枚も作ったのでまだまだあります、もし過去に一度も受け取っていない方がありましたら、発送いたします。
お便り下さい。

 明日は年頭配札です。

平成19年1月1日(月)・元旦

謹賀新年


 新年明けましておめでとうございます。

 除夜の鐘には大勢来山いただきました。おでんもほぼ完食なかなかの人気でした、大根も柔らかく煮えていました物が良かったのでしょう。もっと煮ておけば良かったと後になって後悔しました。

 久しぶりの月と星空でした最近では珍しい事でしたが冷え込み氷点下の世界ですしんしんと冷え込みました。
除夜の鐘は後のネタにしておきましょう。

 昨年も色々とありましたが今年は良い年にしたいものです。
本年もなにとぞよろしくお願いいたします。