平 成 20 年 1 月 の 日 記 帖


平成 20 年 1 月 31 (木)

ムーチー




 昨日は朝の内少し雲が有りましたがその後は晴れて青空となりました。
時々曇りましたが、ほんと久しぶりの晴れ間です久ぷりの太陽光線を拝むことが出来ました。やはり晴れると心も晴れます。

 しかし気温は低くぽかぽか陽気とまでは行きませんが窓越しの日差しは強く暖かく春の日差しです。
気温が低いのは雪があるから保冷剤のような役目を果たしているのかもしれませんね。

 さて、今日の話題はまたまた食べ物ネタです。
冬の話題か食べ物ネタと言う方もありますがそこは我慢いただきまして見てください。

 国道が崩落した日曜日の法事の時にいただいた沖縄のお菓子、ムーチーと言います。
鬼餅とも言いますが沖縄では一般的に食べられているお菓子なのです。ご親戚の若奥様が沖縄の方なので実家から送ってきたので、お裾分けとなりました。

 これはネタにもってこいと思いましたが国道の崩落で今になりました。
ご覧いただいているようで話題にとの心遣いに感謝いたします、ありがたいことです雲原にいながにして全国の物を頂けます。

 ムーチー(鬼餅)は、旧暦の12月8日に仏壇等にお供えして厄よけのお菓子で一般的なお菓子です。
練った餅米粉を平たくして月桃(サンニン)と言う葉に包み蒸した物です。黒糖を使用しての味付けとなっていますが他にもあるようです。

 月桃の独特の香りがしてもちもちして美味しく頂きました。レンジで暖めましたが蒸し直しも可能です。
写真上がいたたいたままのムーチー、写真下が中身です。また包んでいあった新聞が沖縄の新聞でしたしかも今年の1月1日の日付でした。
美味しくいただき感謝感謝、また話題のご提供をお待ちしておりますなんて。

 今日も如常です、除雪からも解放されましたが又週末からは寒くなる予報となっていました。
はや、明日からは2月となります早いですね。

平成 20 年 1 月 30 (水)

迂回道




 昨日は夜から降っていた雪が10p弱積もりました量的にはさほどありませんが路面にも有りました。
夜が明けた頃から雪が雨となり午前中はポツポツと降っていましたので靄が発生していました。終日曇り空なので最近太陽光線を浴びていません。

 国道176号線の崩落現場も復旧工事が進んでいますがとりあえず片側交互通行にすべく進んでいます。
来週からは片側車線で通行できるかもしれません。

 その間の迂回道ですが、雲原は西石区から三岳地区へ行く峠を通り、国道426号線、国道9号線へと通るルートとなります。これは保育園の送迎コースでもありますが普段は通行量も少ない峠道ですが相当量の交通量となっています。
三岳地区は国道が中学生の自転車通学路となっているようなのですが事故がないか大変心配ですね、生徒さんの殆どは卒園児さんですから。

 昨日は積雪があり心配されましたが早朝より凍結防止剤の散布はあるは、除雪車4台で綺麗に広く除雪されていました。
この道が通れなくなると他に道が有りませんし、渋滞すれば最悪ですまさにライフラインですね。しかし普段より通りやすく助かりますが、交通量が大変多く危険でもあります。

 一応大型車は規制されていますのでご注意下さい。
朝の通勤時間帯には国道9号線の牧交差点を先頭に渋滞しているようです。丹後方面からの車、夜久野町方面からの車等が集中するからです。
一日でも早い片側車線の通行可能が待たれますが、一週間ほどめどに復帰工事が進んでいます。

 全面開通、完全なる復旧は半年は有にかかる長期間となるようです。地質調査、測量など根本的な調査が必要なのでしょう。
海水浴シーズンやお盆頃までかかるでしょうか、また渋滞となるかもしれません。

 園の送迎バスも国道9号線の立原地区で折り返ししています。時間は少し掛かりますが仕方有りません。
写真は2つとも昨日の迂回となっている峠です、神宮寺峠です。

 写真上は峠から雲原方面(西石区)を撮影しています、ご覧のように広く除雪され路面も雪がありません。
写真下は三岳側から登ってくるところです。2年前の大雪では大量にあり通行不能でした。

平成 20 年 1 月 29 (火)

以前不通




 昨日の朝は冷え込み氷点下となりました、雲原で−4℃程でした。
積雪はありませんでしたが冷え込んだので路面凍結で大変危険な状態でした。案の定、スリップ事故もありました。

 終日曇り空で寒い日となりました、夕方になって雪が降ってきました。午後6時頃には白くなっていました。
寒気の居座りで寒い日が続きます。

 さて、国道176号線の崩落ですが地元紙等またTV報道でも放映されたと思いますが取材に3社程に来ていました。
以前復旧のめどが立ちません、しばらく通故止めが続きそうですがしかし丹後方面への主要道路です片道でも応急復旧を目指しているとは思います。

 月曜日の週明けの朝の昨日は、国道426号線の三岳地区は上佐々木(トンネル付近)で凍結による正面衝突事故があり一時不通になりました、しかも通勤時間帯と重なり渋滞、豊岡市側から通勤する車が国道176号線へ迂回しきました。勿論、全面不通とは知らないままに迂回です。一時あっちに行ったりこっちに行ったりの車がありました。

 丹後海陸交通バス(丹海バス)も雲原郵便局前で折り返し運転しています。福知山への運転再開はいつになるでしょうか。丁度高校はテスト期間中なので通学の学生には再試験の処置がとられることのことです。

 娘の担任の先生は福知山市内から通勤されています、娘の話では舞鶴若狭道から京都縦貫道を通り宮津市へ入り来られたといいます。
結構利用された方もあると思います、どちらにせよ迂回道は限られてきます。

 高速道は宮津市まで開通したもののいかに国道176号線の利用が多く主要路線かがよく分かります。
急ピッチで復帰工事は進みますが、写真上(テレビ局取材中)でご覧のように残った片車線したが少しづつ崩れています。

 写真下は、崩落した現場の底辺りから流れる地下水でしょうか、現場の方が手を洗うほどの水量がありました。
谷からの水か地下水かは分かりませんが、崩落の要因になったのでしょうか。
この水に融雪の散水が亀裂から入ったのと重なった為かどうかは定かではありませんが、地下水は以前の拡幅工事の時に分からなかったのかと思います。

 工事当時地盤改良工事等をしていたように思いますが原因は調査中とのことです。
雲原の能見土建さんが復旧工事されていますが、雪が降れば除雪作業もありますし対応に大変とは思いますが地元に有ればこそ急な対応が出来ます。社長さん対応に車に乗って走ったり、重機に乗って現場で工事したりと大変です。

 復旧の模様は順次お伝えいたします。

 雪が路面にあれば迂回道も大変です、大雪にならないことを願います。

平成 20 年 1 月 28 (月)

国道176号線通行止




 昨日も雪が積もり新たに10p以上の積雪はありました。午前中は降り続きました時々止む程度です。
午後からは次第に止みましたが晴れることはありませんでした。

 そんな雪が降る日曜日の昼前、午前11時過ぎから30分頃でしょうか国道176号線の坂浦(雲原)地区(北陵コミセン入り口付近)の国道の歩道と片車線が50メートル程にわたり崩落しました。
何とか丹後方面の車線は残っていますが崩落が徐々に進み危険ですので事実上完全通行止めになっています。

 日曜日で行楽や蟹シーズで車や観光バスも多く通行していただけに人的以外がなかったのが幸いでしょう。
法事が有り丁度、寺参りの時に施主さんが区長だったので緊急連絡が入っていました。

 直ちに地元の(株)能見土建さんが対応に辺り直ちに復旧に入られましたが全くめどが立たないとのことです。
保育園マイクロバス送迎のこともあり私も見に行きましたが通行不可能です折り返し運転での送迎としばらくなるでしょう。

 当時丁度、除雪車で除雪最中で現場付近で急に、ふわっと路面が下り歩道が崩落し始めていたそうです発見が早くて直ちに通行止めにしたところ崩落したとのことです。
現場、復旧工事におられた檀家さんでもある社長さんから聞きました。

 原因は定かではありませんが、写真上をご覧下さいほぼ中央を走る散水設備の主管が埋設されているコンクリ部分と路面の隙間から散水された大量の水が流れ込んだのが要因かもしれません。
設備が使用開始された直後から隙間が空きだしました、補修もされましたが徐々ではありますが広がる一方でした。もしかすると崩れをしないかと思っていただけに予感的中です。しかし思っていたのは私だけではありません。

 写真下の青色の管は簡易水道管です。電柱も一緒に崩れていますから停電している世帯があるかもしれません。

 迂回路は雲原から三岳へ行く道、いつも通る送迎のコースですが除雪がされてなく神宮寺峠では一時チェーンを巻く車等で渋滞してましたが夕方には、除雪車2台で除雪されて広くなりましたので通行しやすくなっています。
しかし、この道も豪雪地帯の難所です積雪があればスリップ等で渋滞は必至です。

 大型車は通行規制してもらうかしないと渋滞し通行不能となるでしょう、そうかきめ細かな除雪しかありません。
カーブ多く道幅が狭い箇所もあります。

 しばらくの間、迂回して福知山街中への行き来となりますので少し不便となります。ですが丹海バスの路線バズもあります。
福知山へ通学している学生さんはどうなるのでしょうか心配ですね。大阪行きの高速バス路線もあります。
片車線でもいいので早くの復旧が望まれます。

 連鎖反応の法則か、市職員の汚職事件、大阪府堺市でのひき逃げ事故、に続き今度は国道176号線の崩落となりました。
情報は順次お伝えいたします、雲原村ブログとかぶりましたが両方見てください。

 月末となりました。

平成 20 年 1 月 27 (日)

降り続く




 寒波も過ぎて降り止むかと思いましたが゜、いゃーよく降ります。
雲原近辺だけでしょうか、終日降ったり止んだり時々止む程度でした。気温も低く0℃前後昼間でも1℃しかありません。

 昼間と言うのに積雪も増えて除雪車もフル出動して幹線道路わ除雪していました。
しかし散水のある国道も道脇にかたまったシャーベット状の雪を除雪していました、でないと道が川のようになったり、うまく排水出来ず水溜まりになってしまいます。
散水もいいのですが、積雪量が多いと別の問題が発生します。

 雲原もここしばらく雪景色のままです、どんより曇り時雨れているよりはましでしょうが太陽光線を浴びていません。
セロトニン不足で気分がさがり、ゆううつになります早朝から除雪三昧あちらこちらが筋肉痛だけにここらで気分転換しないと駄目ですね。

 街中も雪景色というものの量は全然違います。
送迎も前線ほとんど路面にも雪があります、さすがに国道9号線や176号線はなりませんが雲原近辺は要注意です。
三岳へ越える峠も雪がいっぱいあります、路面も20センチはあったりします。

 画像下はツララです、1メートルは有にありました。昼間でも全然溶けませんし長くなっていくような気がします。昨年はこのような光景はありませんでした。
息子2号が険にして遊んでいました。

 夜に寺谷区の納税があり行きましたが止んでいましたが夜中には又降っていたようで積もっています。
今日は法事があります、この時期にしては珍しいのですが一周忌ですあまり早く勤める事も出来ませんので丁度命日の今日となりました。

 雲原では1月、2月の法事なら春まで延ばされるかもしくは前倒しして暮れの12月中に勤められたりします。
実際に2月の命日の檀家さんは昨年12月初旬にされました少し早い気もしますがこの地区の事情です。

 思い出しますが、昨年の時期は大変忙しい日々でした。
今年は随分ましですが別の用件がありその対応準備にバタバタしていますし気お使うことだけに大変です。

 法事でおしゃべりして気分一したいものです。当家の方には申し訳ありませんがご了承下さい。

平成 20 年 1 月 26 (土)

よく降ります




 昨日は終日降ったり止んだりと言うより、時々小降りになる程度で殆ど降っていました。
気温も低く0℃前後です、ツララが溶けませんでした屋根から長いので30センチ近くもありるのが下がっていました。

 この冬初めての本格的除雪機の活躍となりました、午前4時30分には外に出て玄関付近を除雪してから機械の出動となりました。
まず、通学路の確保です国道の歩道の除雪をしました、途中で かままこさん とも合流して学校までの除雪に当たりました。

 同じくして除雪車3台も出動していました。散水の無い所は路面に一杯の雪ですトラックが電話の電柱を倒して田んぼに落ちていましたスリップして突っ込んだのでしょう。
大阪ナンバーのトラックでした。

 そんな風景を見ながら除雪機を動かしていましたが帰りになって途中でガス欠となり燃料取りに帰りました。
寺に戻ったのは7時を過ぎていましたそのまま送迎業務に入りました。

 国道等は除雪されていたのでチェーンも巻くことなく送迎できました。国道9号線も雪がありました街中でも20センチはあるようです街中も雪景色となりました。

 昼間でも降り続き時々止む程度でしかもよく積もりました。除雪しても直ぐに積もります寒いから溶けません昼間でも20センチは積もったでしょう。
小学校では初滑りとなりスキーの授業となりました、地元紙に載っていましたこんな特色ある学校近辺にありませんよ。

 午後からも除雪し、中学校のオープンスクールで説明や制服の採寸などありました。
息子2号、担任の先生、校長先生も参加していただきました。1人の為に大勢の人が動きます。試着した制服見ると生長したのを実感、一歩大人に近づいたのです。

 帰ってきて又除雪、昼食以外で雪との格闘でした。
実は今日は保育参観を予定していましたがこの雪です、大雪クラスとはまでは言えませんが駐車場の確保や道路事情などで中止にしました。雪道に慣れてない方もありますし、事故でもあれば大変です。
早めの決断となりました、台風のこともありますし危機管理マニュアルに従った判断です。
雲原の降り方見られたら納得されるでしょう。

 保育園は平常の土曜日となります。
雪の峠も越えたでしょうか、気温が低いので今度は凍結が心配です。雪の週末となりました、蟹シーズンだけに車は多いでしょう。

 丹波地方も雪景色となりました。

平成 20 年 1 月 25 (金)

寒波襲来




 昨日は天気予報の通り寒くなり断続的に雪が降り続く日となりました。
気温も低く0℃前後、雲原は終日氷点下の世界だったようです雪も早朝から降り始めました。

 午前6時過ぎ頃か降り始め終日降り続けました午後からは時々止みましたが再び夕方からは断続的に降り続きました。風も吹き体感的に大変寒い本格的な冬で雪です。
部内会があり夕方から街中へ出向しましたが雲原近辺は深々と降っています、街中でもチラチラしていました。

 暗くなってからは街中でも雪が降り雪景色となり路面も白く数センチの積雪となっていました。
帰りは少し遅くなり午後10時でしたが街中も真っ白本格的雪景色ですし国道や幹線道路は積雪がありました。すでにガードレールに接触して自損事故している車もありました。

 寒いと言っても気温は0℃でしたから湿気の多い雪質で走行しにくい雪質です。

 街中で積雪だと雲原はとどれだけとあるかと思いつつ雲原に向かいましたが途中視界が悪く見えにくなるほどの降り方でした。
思ったほどの積雪量ではありませんでしたがやはり多いですね、除雪車が出動となるでしょう。

 また、通学路確保のPTA除雪隊も早朝から出動となります。勿論、除雪機を使用しての作業となります。
往復1時間ほどの歩道の除雪となります。

 写真上は、午後2時頃の境内です。一度止んでいました除雪車も出動して上がってきていましたので昼間に結構な積雪となったのでしょう。除雪出動にもある程度規定があるようですから。

 写真下は、午前9時頃の国道176号線行積(いつもり)付近です。ご覧のような積雪ですがこの辺りは融雪の散水はありません。
街よりの長尾(なごう)付近では大型トラックが坂道で立ち往生しチェーン巻いていました。
早めに広い場所で巻いて欲しいですね、渋滞して地元の人は困るのです。

 しばらく雪ネタが続きますがご了承下さい。

平成 20 年 1 月 24 (木)

思い出のポストカード




 昨日の朝の内はミゾレとなりました、その後は曇り空で時々雨がパラパラと寒い日となりました。
大気圧が太平洋岸を通過し、北に寒気があったので都会でも初雪が観測されました。
東京近郊で10pも積もれば大雪でしょうが、雲原では雪の内に入りませんね。

 丁度2年前のこの時期は大雪でした成人式の連休に屋根の雪下ろしを檀家さんにお世話になりましたし、−10℃を記録したのも2年前になります。
比べれれば今年は雪の量はやはり少ないですね、これも温暖化の影響なのでしょうか。

 今日の話題は思い出もアルバムならぬ、思い出のポストカードあれこれです。
毎年毎年、年賀状等々でポストカードをいただきます処分するには忍びなく保存してきました。古くは昭和63年頃からとなります。

 ついに2冊を突破(写真上)しました、1冊に200枚収納する事ができ3冊目に入ったので500枚近くになります。
年賀状が主ですが、暑中見舞い、結婚しました、子供が誕生しました等々もありますが友人知人の家族の成長が分かるものです。

 最近ではパソコンの普及とともにプリンターで上手に仕上げられたのも増えましたので残しています。
元旦に楽しみにし、落ち着き一息ついた夕方に見ますそれぞれに生長した家族、家族が増えたり、生長した子供さん、年月の経過を実感します。

 写真下は、我が家の年賀状です。
今年の分はありませんが、過去2年は娘が担当し写真を貼り付けデザインしカラーコピーしたものになっています。
過去にはその年の干支に扮装したり、色々と趣向を凝らしたものです子供達が小さかったから出来ることですね。

 正月早々から爆笑しお騒がせしたのかもしれません毎年楽しみにしているよ、との声も聞きますが普通に撮影した家族写真もありますのでご安心下さい。
正月なので日の出の写真もありますし、景色の写真も時々別に作っています。少しコストは掛かりますがこれは趣味的です。

 最近ではメール等での挨拶が多くなったと言いますがやはり年賀状がいいですね。しかし我が家は毎年暮れのギリギリで保育園業務が終わってからバタバタしています今年こそはと思い反省しますが一緒です、お寺の年末年始諸準備もおんなじです。

 ついでに普通にもらった年賀状もある程度整理しました、今では葉書をスキャナーで取り込み整理するソフトがあるようで一度試したいものです。
中に昭和64年の消印のがありました、一週間しかなかった幻のような昭和64年貴重かもしれませんね。

 今日は午後から部内会の初会議となります支所長さんも交代して初めとなります主に年内の諸行事の確認等の後、新年会となります。
天候は低気圧の通過で荒れ模様、しかも寒くなるとの予報です。

 最近では低気圧と言えども油断できません、超発達低気圧に要注意です。

平成 20 年 1 月 23 (水)

ある美術展




 昨日も寒い日となりました、曇り時々時雨の天候で気温も低く5℃以下で日中でも2.3℃でした。
檀家さんの仕事の関係で法事があり送迎業務を休みましたが久しぶりの法事は緊張もしましたが、齋座はお隣の天座の「はせ」さんでいただきました。
薬石は軽くサラダで済ましました「はせ」さんの料理は後日ネタで登場となるでしょう。

 ところで、昨日の夕方になってショッキングなニュースが飛び込んできました。報道でご存じでしょうが何とあろうことか、市職員が市民病院の立体駐車場工事受注に関し便宜を図った見返りに金銭を受け取ったとして逮捕されるという事態になりました。
昨年6月にグランドオープンした病院です。業者は容疑を認めますが、本人は否認とのことです。
 市制施行70周年の年にと思いますし、学校問題もあるだけに市役所も汚点続きのような気がしますが関係者の方々は対応に大変でしょう。

 話は変わって今日の話題はある美術展からです。第7回福知山市・佐藤太清賞公募美術展があり20日日曜日の夕方に見に行きました。
市制施行70周年記念でもあります。

 今回何故行ったかと言うと、佐藤太清賞受賞作品3点の中に、多治見市の方が居られたのです。「命」と言う題名作品です。現在、名古屋芸術大学2年の19歳の方です。
私にとっても馴染みのある多治見市だけに何だか身近に感じました。

 写真下、パンフレット左ページ3点の内の一番下の写真が「命」(絵画の部)です。募集資格が絵画の部で、昭和62年4月2日〜平成4年4月1日生まれの人。日本画の部は、昭和55年4月2日〜平成元年4月1日生まれの人となっており若い方が対象のようですね。

 故 佐藤太清画伯とは、福知山市出身の方で平成4年には文化勲章を受章されました。
現代日本画壇の重鎮として後進の育成にも心を注がれ、現在第一線で活躍される多くの日本画家を送り出されました。
その功績を讃え、その志を受け継ぐため、21世紀の芸術文化を担う人材の育成を目標として、高校生・大学生を中心に全国から絵画作品を公募したものです。(パンフレットより)

 芸術の秋ならぬ、芸術の冬でした。

 今日辺りから寒くなり明日からは又寒波襲来のようで寒い週末となりそうです。

平成 20 年 1 月 22 (火)

さすが大寒




 昨日は大寒らしい寒さとなりました、南部の平野部でも積雪が降りましたが福知山街中は屋根が白くなる程度でした。
気温も低く寒い日となりました、終日曇り空でした。

 積雪量もさほど無いかと思っていましたが除雪車が出動していたのでそれなりの積雪量だったようです。
湿度のある重たい雪質なので走行には支障のある雪です、大変走りにくく滑る雪質なので量的になくても除雪があり助かりました。

 21日にお伝えした峠も丁度送迎時に除雪車が作業中でした。
国道は散水で順調に走行でした山々は一日白く雪化粧のままでしたさすが大寒の寒さです溶けませんでした。

 路面も朝の内はありましたが除雪もあり溶けるのも早いですね、地熱があるからでしょう。地球内部のマントルを感じます、大袈裟ですが地球内部が生きているのを感じます。
持っているDVDの中に「コア」と言う映画がありますが、地球内部のマントル対流が停止し磁気嵐や異常気象が起こり、対流を再び起こすために内部へ向かうと言うSF映画がありました。

 地下の核実験で停止してしまうものでした。「ディ・アフター・ツゥモロー」も異常気象を取り上げた映画でした、まんざらSFでもないような気もします温暖化による気象のさらなる変動がこれからも起こるかもしれません。
あらあら、話が変な方向へ行ってしまいましたすみません。しかし大自然の雲原に住んでいるからこそ分かるような気もします。

 23号水害、大雪を経験しているだけに思うのです。

 写真は郵便局前の橋です、国道176号線上の雲原第1号橋だったように思いますが。この冬から散水設備活躍しています。
橋の上は凍結し、雪が溶けません。この辺りから登り坂となるので停車して郵便局前の広場でタェーンを巻く車がありましたが解消されるでしょう。

 欄干の一番下からいきよいよく散水しれています。水源は雲原川からですから無くなることはありませんので心配はないようです。
散水設備もあと少しで雲原内、全線開通となります次の冬には活躍するでしょう。

 車が通過しないうちに撮影したのでいいのですが車がはねる水でずぶ濡れになるのでご用心です。

 昨夜は星が見えていたので晴れて冷え込めば凍結が心配です。

平成 20 年 1 月 21 (月)

難所の峠




 昨日の日曜日は寒い日となりました、朝は曇っていましたが予報では午後から所によっては雪の予報でしたが雲原では午前中には雪が降り出しました。
見る見るうちに積もるという降り方ではありませんでしたが降り続きました。

 雪が降る日だけあって寒く0℃でした、路面にも積もりましたが国道は大丈夫です。
午後からは息子達は剣道の新年の練習でコミセンの体育館へ、娘は朝から画塾へそれぞれに出かけていました。
夕方に、娘を迎えに福知山街中へ行きましたが街中でも雪が降っていました。雨混じりの湿気のある雪でしたが、屋根などは白くなるほどでした。

 今日は大寒です、街中でも初積雪となるかもしれませんね。
大寒の大寒波となるでしょうか、いずれにせよ雲原は雪の朝となります。除雪車が出動する積雪となるかですね。

 写真は昨日20日の雲原です、午後です。重い雪で竹が大きくおじぎしていました。
場所は、雲原から三岳へ越える峠の西石(さいし)地区です。神宮寺と言いますがここは積雪量が雲原内でも多いところです。

 写真上は峠の頂上となります。写真下は峠の手前(雲原側)の魔のカーブです上り坂で急カーブで日陰でと難所となっています。
送迎時に通りますが以前にはここで何度も止まりバックしては再チャレンジしたりチェーン巻いたりして越えました。

 雪質や積雪量にも左右されます一気に登らないと駄目です、対向車が来ないことを祈りながら上がりますが車が来て止まると駄目です。
特に朝の送迎時は園児さんが乗らずに通りますから軽い分通行しにくいです。

 この道を除雪するのは三岳の建設会社が請け負っていますが以前は遅かったのですが今は比較的早いので助かります。
チェーン脱着していると送迎も遅れます、安全にも配慮しなくてはならず見た目より大変なんです送迎業務。

 平成16年の台風23号水害後の大雪には復興工事の関係から除雪が行き届かず通行不能状態、事実上の通行止めとなっていました。ルート変更して、逆回りして折り返し運転していました。

 今日は「大寒」だけあって寒くなり平野部でも積雪がある予報です。交通機関への影響があるかもしれません。
雲原では30p程の積雪は大雪とは言いません、都会で積もれば大雪でしょう。

 冷蔵庫を開けた時、故障したかと思うほど室外は寒いです。スーパーで買い物してきてもそのまま暖房のない所に放置しても大丈夫です。

 雪情報にご用心です。

平成 20 年 1 月 20 (日)

寒いですね




 昨日の朝も寒くなりましたがきつい冷え込みではありませんでした。
雪が少し積もりました、2.3pの積雪でしようか。路面にもありましたが除雪車が出動する事もありません。

 しかし雲原は一面銀世界ですこれぐらいの積雪なら良いですが降りすぎは何かと大変です。朝、少し雲原内景色求めて走行してみました言うまでもなく山々は真っ白、枝が白くなり白珊瑚のようです。

 写真は19日の早朝です、午前7時頃の雲原です。パラパラと雪が降っていましたがその後は回復し、昼間では晴れました。
晴れれば日差しで直ぐに雪は溶け出します、寒いながらも12月の季候とは違います日没も少し遅くなり昼間の時間が長くなりました。

 これから最低気温時期を向かえますが晴れれば雪解けも早くなります。一度の積雪量が少ないので根雪にはなっていません。
写真は学校から撮ったもので、小学校校舎も撮りました、少し話はそれますが校舎から元気な声が聞こえるのも何時までかと落胆してしまいます。

 17日に北陵コミセンで行われた、市長と語ろうふれ合いミーティングがありました。行けませんでしたが新聞等でも伝えられた如くですがやはり学校問題教育問題が中心で時間が足りないほどでした。
市全体で1クラス20人を目標にとするそうですが近い将来それが可能なのか不安です。少子化が進む中、北部(かしの木台・由良川・牧川以北)地区で抜本的な人口が増える施策があるのでしょうか。

 校舎だけは新しい校舎建設していますが無用の長物にならないようにして欲しいですね。平成16年の台風水害で校舎が床上浸水した天津小学校地区辺りも児童数は頭打ちしています、住宅が増えませんね市街地調整区域がネックになりすんなりと離れ等の家が建設できないとか、、。これは未確認ですがしかし、かしの木台に匹敵するような住宅地は出来ませんね。いずれ統廃合の対象になるかもしれません、これは全く個人的な見解ですのでお間違いなく。

 公誠・北陵学区を皮切りに、前例にして統廃合を進めて行くような気がしてなりません。数年したら私達のような地区が多くなるでしょうから。
私の出身地の小・中学校とも新築されていますがあの油の臭いの木造校舎がなつかしいですね。
北陵中学校校舎も歴史的建造物にならないものかと思います。

 後になりましたが、これ読んで気分を害された方がありましたら申し訳ありません。
業務上、私も行政にはお世話になっていますが田舎者の悲痛な叫びと言うことで、、、、、。

平成 20 年 1 月 19 (土)

雪の山の景色




 昨日も寒い日となりました、特に午前中は雪が降ったりやんだり積もりはしませんでしたが寒く、5℃以下でした。
朝は冷え込み凍結が心配されましたが、国道は夜通し散水されていたので大丈夫でした。

 送迎後、急な法務で近くへ行きそのまま舞鶴市へ逮夜のお参りへ行きました。
用事も済まして帰山すると午後3時を過ぎていました。午後からは晴れ間も見え隠れしていましたが夕方には再び雪がチラチラしていました。

 言うまでもなく街中は全くありませんので別世界となります。国道176号線では行積(いつもり)地区あたりから雪景色となりますのでこの辺りが境界線でしようか。
山でもくっきりと分かれて雪景色となることがあります。お寺で雪が降っていても国道まで下りると雨の時がありますから。

 写真は一昨日の雪景色です、自慢する事もありませんがこんな雪景色は都会では見れませんねそれだけ田舎と言うことになりますが自然があると実感します。
今は自然が自然でない時代になっていますから。

 山の杉に積もった雪はもこもこ雲のようで、落葉樹の枝の先まで着雪した木は雪の柳のようでもあり、また雪の花のようです。
この雪枝は一日このままでした、綺麗ですが寒いです

 まだこの冬は、本堂内の佛器の水も凍りませんし、庫裏玄関の生け花の水盤の水も凍結しませんからまだまだましですね。
都会の方はこの写真でお楽しみ下さい。

 今日は午前中は園内研修、。午後からは市民会館へ人権研修会があり出席します。
1月は忙しいですね。

平成 20 年 1 月 18 (金)

寒い日でした




 昨日は雪の降る一日となりました、夜中から降ったのか朝起きれば再び雪景色の雲原となっていました。
気温も低く、終日寒い日となりました雪質は水分の多い重い雪です。

 気温も低く真冬日の雲原だったかもしれません、葉の落ちた細かな枝に樹氷のように着接した雪が一日溶けずそのままであり雪の葉が付いたようでした。
積雪量はさほど多くはありませんが寒い日となりました。

 除雪車の出動もいつもよりは遅くに出動していました。
寺谷道の除雪は午後からでした、国道は融雪の散水が休む間もなく散水されていたと思います。

 午前中はよく降っていましたが午後からは降ったりやんだり、しかし寒い日となりました。夕方には再び降り出しました、気温も氷点下となり午後6時で−2℃になっていました。
この気温で雪が降り止み、冷え込み、散水が途中で止まると国道は最悪です路面凍結となりアイスバーン状態となります。

 過去にも明け方散水が止まり、冷え込み路面ツルツルとなり事故多発となったことが何度もあります。
散水が終わり、車体に付いて垂れた水が凍る為になりますがこれを解消すべく散水設備が徐々に行われています、あと一歩で雲原内前線開通となります。

 雲原郵便局前から建設会社の能見土建辺りまでの間となりました。
何度も言いますが震災があった13年前には全く無かった設備です、それからすると随分便利になりました。
便利と言っても地元区民は生活に支障なくなれていますが、他府県から来る車が全く準備無く通り立ち往生、チェーン装着で渋滞となります。

 大型トラックがスリップして国道上下線をふさぎ通行止め状態なんて事もありました。
トレーラークラスになるとチェーン巻いていても一度坂道で停止してしまうと発進出来なることもあります。これも解消されるでしょう。

 積雪量はあまりありませんが寒い日となるでしょう。
今日も如時です、雪が降ると送迎業務も緊張するのか疲労度が違います薬石後は無気力になります。
今日は少し法務多端となる日です。

平成 20 年 1 月 17 (木)
 
鎮魂の祈り



 昨日は寒い日となりました、殆ど曇りの一日となりました。
時々雪が混じるミゾレとなったりしました終日時雨れていました夕方には峠は雪でした。
山頂辺りは白く雪化粧していました。

 年月の過ぎるのは早いもので阪神淡路大震災から今日で13年になります。関西人にとっては忘れることの出来ない記憶です。
午前5時46分阪神地区に激震が走りました一瞬にして建物が崩壊し、多くの人命が失われたのです。

 当時雲原は大雪で屋根に積もった雪の重みと揺れで壊れるかとびっくりしたものです。雪で停電もしていましたし雪の恐怖の方が大きかったのを覚えています。
まさか震源が神戸近辺とは思いもしませんでした。起床しTV見ても情報が入らず不安になったものです。

 夜が明け情報が入るにつれて驚愕したものです。目に飛び込んできた阪神高速道路が横倒しになっている光景は目に焼き付いています。
雪下ろししながら報道を見たものです、雪下ろし雪かきで精一杯でした。

 2・3日して国道9号線が大渋滞していました、また福知山市内のホームセンター等では他府県ナンバーが目立ち、ポリ缶、卓上コンロとボンベ、ブルーシート等が店先から消えていました。
これらも随分前のように思えますがまだ13年かと思います。

 阪神高速道路の耐震補強工事も全て終了したといいます、復興住宅も建設され街並みは変わりました。
また新たな問題として復興住宅の高齢化と孤独死があります。見た目は復興しても人の心は復興したのかと思います。

 当山檀家のご親戚等で被災された方もありますし、時期的に酒の仕込みで酒造会社に杜氏として働きに行き体験された檀家さんが数人あります。
体験をこの連休で聞きましたが新たに凄かった事を実感しました。

 今日一日京阪神各地で追悼の集会が行われ鎮魂の祈りに包まれます。
犠牲になられた方々のご冥福をお祈りいたします。

 最後になりましたが画像は当時の雪です。
除雪して車が埋まってしまいましたが、震災前の連休では一晩で1メートル近く積もりました。当時4WDパジェロに乗っていましたが雪を押しのけて走るとき雪がボンネット越えてフロントガラスまで押し寄せました。またチェーン巻いて走行したのを覚えています。

平成 20 年 1 月 16 (水)

冬はうどん




 昨日の朝は晴れて冷え込みました、−3℃でした。
しかし晴天となり終日、青空が広がりました。日差しは洗濯物が良く乾きそうな太陽光線でしたがしかし気温は低く寒い晴れ良い天気でした。

 日の当たるところの雪は溶けていましたが、日の当たらない日陰は遊家が溶けていませんでした。
室内は寒く底冷えする寒さでした、昼間でも5℃程だったでしょうか夕方には再び氷点下となり送迎から帰る、午後6時過ぎで−1℃でした。

 路面は凍結はしていませんが、夜に雪が降ったり時雨れたりして冷え込むと凍結して事故が多発します。
連休には三岳地区を走る国道426号線で雪による事故とは思いますが数ヶ所で壊れた車があったりと事故跡が確認できました。安全運転安全運転です。

 今日の話題は食べ物ネタです。
見ての通りのうどんです、乾麺です年頭の時に頂いた物です。「亀うどん」と言う名です何とも縁起の良い名前です。
また、製造している会社が「鶴島」と言う有限会社なのです亀に鶴と正月からおめでたいですね、と言っていました。

 四国かと思いきや、山口県は防府市でした。
無農薬小麦を使用したこだわりの製品とかで頂きました。早速に湯がきご覧のように湯つけうどんにして食べましたが腰もありなかなか美味しいうどんでした。
15分程湯がき、水でさらし締めてから熱々の湯にしたし「有限会社・鶴島」だけにツルツルといただきました。

 つけタレは、少し濃い目のタレです。市販のめんつゆでも便利ですね。
薬味は、ネギ・ごま・生姜・などお好みで入れて食べますが、数本をお箸で摘み全部漬けず半分程漬け一気にヅルヅルと音たてて食べます。
僧堂経験者ならよくご存じでお馴染みの食べ方のスタイルです。

 やはり昼の齋座はうどんですね。我が家はうどんと言えばこの食べ方です息子達もお気に入りです。

 今年は、うどん早食大会があれば是非挑戦したいものです。
一袋、250gです2袋は食べてしまいました年も考えず食べ過ぎでしょうか。大食いと言えば、話題のギャル曽根さん舞鶴市出身とか。雲原にも曽根さんは多いですがご親戚があったりして。
ギャル曽根さんには負けますが、私達が現役の頃ならたちうちできたかも、、、?

 今朝も冷え込んでいます果たして氷点下何度になっているか。
リアルタイムですが明日の話題になります、今日も如常です。

平成 20 年 1 月 15 (火)

連休は寒く




 連休最後の昨日も朝から雪が降る寒い日となりました。
積雪は少ないですが降ったりやんだりの天候、路面も朝で5p程積もっていました。時々深々と降っていましたがびっくりする程の積雪にはたっしませんでした。

 本格的に降れば終日休み無く降り続くこともある豪雪地帯雲原です。
気温は昼間でも2・3℃と寒い日とはなりましたがまだまだの寒さですね、夕方には−1℃氷点下にはなっていました。

 ご覧のようにさほど積もりませんでした、元旦と2日の積雪の方が多いですね。
除雪車の出動はありませんでした。

 14日は法務もなく終日、普段出来ない部屋の整理等をしたりして過ごしました。
結構要らない物がたくさんあり整理整頓、もったいないからと残して置いた物が結局要らなく始末する事となります。

 古い年賀状も整理しました、年賀状などの葉書をスキャナーで読み取り整理するソフトがあるようです。これも良いですね一度試してみたいものです。
寺務所が少し片づきました、贅沢言えばもう一部屋かたづけなくてすむ部屋が欲しいですね、今ありますが行事の度にお大慌てで片づけます。

 午後からは娘の買い物で街中へ文具店へ行ったりしてぶらぶらしていました。
帰ってからは、剃髪にリフレ加悦へリフレッシュに行きました頭もさっぱりました。勿論普段はお風呂や洗面所で剃髪しますが冬場は寒いし不経済なので近場の温泉へ行きます。

 以前に風呂で剃髪し風邪をひいたので注意しています。髪の毛が無いと言うことは大変に寒い事なのです。
特に持病のある身、風邪ひけば大変です。インフルエンザにかかれば生死にも関わるだけに要注意なのです。

 これから寒くなりますし、入試試験時期を向かえます。受験生の方は気を付けて下さい。
今日からいつもの生活に戻ります、如常です。

平成 20 年 1 月 14 (月)

雪再び




 昨日は朝から雪が降る日となりました、新年早々の元旦の雪の量よりは少ないのですが終日降ったりやんだりの寒い日となりました。

 積雪はさほどありません、10p弱です。
言うまでもなく雲原だけです街中は降っていません雨が降っている程度です。今年第2弾の寒波となりました。

 午前中に一件お参りに行きましたが長靴で行くほどではありませんでした。
写真下は昨年秋頃に工事ししていた融雪の散水です早速に活躍しています郵便局近くです。昨年夏あった砂防イベント会場となった砂防公園横の橋の上も散水されています。
この辺りから上り坂となるために局前の広場でチェーンを巻く車両を見ましたがそれも解消しそうです。

 しかし200メートル程がまだ設備が出来ていません。予算が付き今年度の工事期間となっているので工事されるでしょうが次の冬には使われるででしょうから、これで雲原管内の国道176号線融雪設備が前線つながり開通します。
13年前の大雪には全く無かった設備、各所で国道は渋滞し通行不能状態でした。

 当時国道が最優先の除雪作業でしたが今では幹線道路も早く作業されるようになりました。寺谷区の道も以前は昼頃でしたが今では午前6時前には行われます、請負土建会社のありがたい配慮で早いと思います。朝の保育園バス送迎時にチェーン装着せずにすみます。

 今日の午前中は雪が降り寒くなりそうです。せっかくの成人の日は寒い日となりました福知山市は1昨日に式典が三段池総合体育館で行われました。
少子化の時代これからの活躍が期待されます。

 さて、話はここから変わりますが昨日の昼前、落ち着いたのでTVを見ましたABC放送の「サンデープロジェクト」という番組の一部でしたが久々に感激しました番組でした。
見た方もあるでしょうが、簡単に。

 某町の追跡した番組、地域再生で役場が365日休み無く働くというもの平成の大合併に町長自ら真っ向から立ち向かい次々と役所仕事では考えられない偉業を達成し地域再生に取り組むものでした。

 途中、任期満了の為に辞任を表明した町長を町民が囲み泣きながら説得し、続投を決意する場面には感激しました。
今の福知山市長に見せてあげたいですね今年市長選です。

 色々ありましたが、中でもすばらしいのが予算が無い中、悲願の図書館建設を市民一緒に取り組み、官民一体で進め事です。
何と、図書は全国から送料自己負担で寄付願うというでした。最初は全国の図書館関係者から非難囂々だったものが奇跡が起こり、問い合わせが殺到、集まるは集まるは、なんと全国から40万冊以上が集まり会館となりました。

 「もったいない図書館」と命名され全国の注目を浴びたのです。
昨年の全国優秀図書館ベスト選考に最後まで残り表彰されました。思いがけない現象で寄付した人が思い出深い図書がどうなっているかを遠方でも見に来る、視察はあるで地域活性化につながりました。

 官民一体と地域住民一体となり施策を進めた賜でしょう、住民自ら進んで取り組み率先して行ったからでしょう。
思いました、いかに優秀な熱意ある人材が必要かを。現在、学校問題を抱えていますが、市教委に見せてあげたい内容でした。

 「あなた達、いままで何をしてきたの、していたの。」と。大小の違いをあるものの福知山でも出来ないことは無いとは思いますが。
公誠小・北陵中が模範となり全国から視察がわんさかわんさかと来る夢を見ました。

 今からでも遅くはない。

平成 20 年 1 月 13 (日)

丹波しめじ




 昨日は朝から雨模様となりました、終日ぐずついた天候となりました。
時々雨足も強くなったりしていました午後からは寒さも加わり夜遅くには雪がチラリチラリと舞う寒さとなっていました。ミゾレの様でもありました。

 法務が2件あり午後まで少しバタバタとしていました、夜には緊急ですが某所で中学生のPTA会員が出来るだけ夫婦で集まり夜遅くまで話し合いがありました。
言うまでもなく、過日の学校問題についての今後の事や現在の親の思いの確認です。

 思いを言いにくい所もあり少人数なら話もしやすいところもあり気楽に話し合うためです。親達の思いは概ね一緒ですが、現実問題として市教は休校して他中学校への通学を迫ります。20年度はなされませんが親達は一様に北陵中学校への通学を希望します。

 一つのポイントなる我が家は息子2号が1人です。私の思いは是まで述べた通りで揺るぎないものでその確認もありました。
いずれ究極の選択が来るものとは思われますが、色々と話し合いました。しかし自治会に燃える様な熱い思いが無いのが残念です。
学校問題もそうですが、今後の地域の発展が心配ではありますが現在のPTA会員が自治会諸役員につけば揺るぎないものになります皆さん熱い思いで一杯です。

 これまでの動き等々は雲原村ブログも見てください。

 今日の写真ネタは「丹波しめじ」です。
過日檀家さんら1箱頂きました年末にも頂きましたが2つ目となります。JAにお勤めの方とはいうものの1箱とは太っ腹です。現在、食卓に毎日登場します。
 
 スパーなど手売られているパック物のブナシメジとは少し違います大きくご覧のようにバラバラで入っています。
畑しめじとも箱に書いてありました作り方が少し違うようです。

 「香り松茸、味しめじ」と言うようにしめじの方が美味しく料理法は色々とあります。
これだけの量です食べ応えはあります。しばらく食材には苦労しなくてすむようです感謝感謝です。買うといくらするのでしょうか値段が気になりますが私なりのサービスでお返ししたいと思います。

 料理した物、写真にとってネタに出来ますね。

 連休ですが寒くなり行楽日和とはならないようです。
明日の成人式は寒くなりそうです、13年前の連休は大雪でした雲原が孤立寸前のような降り方でした。当時はお手軽デジカメも普及していませんでした残念です。
コンパクトカメラで撮影した写真しか残っていませんね。

 午前中は1件、毘沙門堂へのお参りがあります。地区の無病息災を祈願する読経となります。

平成 20 年 1 月 12 (土)
 
福知山市とは



 昨日の午前中は晴れて穏やかな天気でした、気温も高く春が来たような気温です。
しかし午後からは曇りだし夕方には雨が降り出しました、暖かいので雨ですが本来なら雪でしよう、連休は寒くなるでしょうから身にしみこたえそうです。

 今日は少し地元ネタでも深刻な話となります。
以前からお伝えしている「学校問題」について述べたいと思いますが、地元紙等ですでに報道されているように「新校舎の建設はしない」と市教育委員会から正式な表明がありました。
昨年の突然の中止凍結以来何度も会議し懇談し署名までして地域一丸となって思いを行政に伝えてきましたが、これで思いは夢となりました。

 人それぞれに思いや考えは違うであろうし個人的な意見はあるでしょうが、いったいこれまでやって来た行動等々は言った何だったんでしようか。
3年前に「これでは、いかん」と当時中学1年生が1人だった事から特別対策委員(特対)が地元のPTAから立ち上がり、地域の問題となり自治会とも一緒になってこの問題に取り組んでしました。

 それが実り、一貫校として北陵コミセン敷地内に建て替えが決まり議会でも通り喜んでいた時期、市会議員選挙以後体制が変わっての突然の凍結となりました。
突然の報道にも寝耳に水状態いったい何があったのか分かりません。地元から選出の議員がなかったのか。それだけで翻るのか。不信感はぬぐえませんでした。

 いったい私達は何を頑張ってきたのか、地域の区民の心を踏みにじる決定、バカにされたのか、もてあそばれたのか、地域の問題です。
年齢やPTA会員や、でない家庭など温度差はあるものの各区で話し合いに出向き意見を取りまとめ説得し、心を一つにしてきたのです。

 私も直接役には関わってはいませんが、サポート的にはしてきつもりです。個人的ですが寺庭(じてい・お寺の奥さんの事)が夜会議で外出するのは大変ですよ。
是は全く私的です。しかし雲原で生まれ育った寺庭の思いは深い。

 学校は建たなくても人口が増える、地元出身の人が地元へ帰ってくる施策をして欲しいとも言って来ました。その一環として校舎建て替えが主となり、学校が無くらないようにとしてきたのです。地域から学校が無くなれば益々人口減少過疎化につな思いで一杯です。
 話は少しそれますが、昨日早朝のTV番組を見ていたら全国的に見て学校が激減する旨の話でした統合合併でしょうが解説者が「行政は子供にお金をかけないですね。」と。何もお役所仕事を批判するわけではありませんが福知山のスローガン駅前の看板にあります。「教育街、福知山」この看板撤去か書き換えして欲しいものです。

 息子2号は、一人で小学校を卒業し、そして北陵中学校へ入学します。
師匠として親として胸を張って入学させます。うすっぺらい人間にはさせたくないです近い将来この事が絶対に肉なり血となり骨太の心の肥えた人間になってくれるものと信じています。「弟子よ頑張れ」とエールを送ります。

 長々となりましたが詳しくは、是までの動き等々は下記のサイトをご覧下さい。また書き込みも出来ますからご意見も下さい。
「愚庵の茶室」でもお話しいただければ幸いです。

                両丹日日新聞社    雲原村ブログ(ヤフーブログ)

平成 20 年 1 月 11 (金)

初えびす




 昨日も晴れの穏やかな天気となりました。この時期にしては暖かい気温です3月頃の気温でしょうか、これも記録的でしよう。
雪も日陰ぐらいだけになりました、このぽかぽか陽気で随分溶けました。

 朝夕は比較的寒いものの晴れれば暖かな日となり続いています、時雨れてても不思議ではない時期なのに元旦の雪以来穏やかです。

 今日の話題は再び福知山街中ネタになります。
雲原ネタ切れではありませんが、この時期雪もないので穏やかなネタです。昨日は初えびすで各地で賑やかな事だったと思います。

 福知山も御陵神社にありました、よく分かりませんが神社内にあるのかどうかですが近くを通った時のぼりが立っていました。
赤いのぼりが目立ち、参拝客がチラホラとありました。

 写真でもお分かりかもしれませんが穏やかな日でした。
雪が舞っていても不思議ではありません、寒い年なら寒波が次々とやって来る時期なのですから。

 テレビでも報道されていましたし朝中継もしてましたが、戎神社の総本社が西宮市にある西宮神社なのですが毎年の恒例の開門神事である福男選び、午前6時の太鼓わ合図に開門され人々が激走します。
今では門前に列ぶのも抽選とか、しかし凄いケガ人がでないのか心配ですね。

 西宮の僧堂にいた時何度か行ったことあります。震災の時には灯籠などが崩壊し大きな被害があったと聞きます。
今では復興していますが間もなく13回目のあの日がやって来ます。

 この話題と共に地震の事も思い出されます。

 今日も如常、いつもの通りです。
明日から3連休の方もありますが天気は下り坂、寒波がやって来るそうで寒い連休となりそうです。寒い成人式となりそうですね。

 灯油も補充したりして寒さに備えましょう。

平成 20 年 1 月 10 (木)

福知山駅




 昨日も穏やかに晴れて天気となりました、時々曇っていましたが概ね晴れの天候でした。気温もこの時期にしては暖かいですね。
十日戎というのに珍しく穏やかな日となりそうです。

 いつもなら年末年始寒波が過ぎ次の寒波が来るのがこの時期です。
えべっさん寒波とでも言ったところでしょうか、雪が無くなりそうです除雪された固まりが道の脇に残るのみとなりました。

 今日の話題は福知山駅近辺について語りたいと思います。
ご存じのように高架駅となり2年が過ぎ3年目の年となりました、現在も周辺整備等が進んでいます。
北近畿タンゴ鉄道(KTR)も高架工事が進んでいます。

 福知山も高架駅になる前は街が南北に分断されたようになっていました、踏切も数カ所となり交通渋滞など不便な面ありましたが現在は解消されつつあります。
高架になってからは南北行き来するのに便利なりつつも道が限られていましたが昨年の年末にはもう一本道が開通し便利なりました。

 私の間違いでなければ現在5ルート程あります。
以前は限られたルートも今では便利になり遠回りしなくてすみます、棚経の時などはスムーズに行きます。
駅舎近辺も南北に通行が出来便利です、しかし南口・北口となり迎え等は駅前で、なんて言うだけでは行き違いになりかねませんね。

 南口は整備され綺麗になりました一方以前の駅前となる北口は少し寂しくなりました。現在も整備等は進んでいますしバスターミナルはありますから人通りはあります。東京行きや神戸行き大阪行き、地元ローカル線が発着しています。
学生さんには便利になりました、高校等が街の南部方面にありますし国道9号線が走っています。

 国道沿線には全国展開しているフランチャイズ店も増えました。
今後の発展が楽しみですが、北陵地区も忘れられてもらった困りますね。

 写真下は現在建設中のSL公園と言うかモニュメントのようです完成したら又お伝えします。曇っているようですが霧が晴れつつあるときでした。
後ろに走る列車は特急北近畿号でしよう。

 今日は十日戎各地賑やかでしょう、総本社の西宮戎神社も恒例のあのダッシュが行われる日でしたか。
最近では、以前居た師匠寺の近く服部戎神社も賑やかなようです。

平成 20 年 1 月 9 (水)
 
家族



 昨日の朝も冷え込み氷点下となりました、薄氷が張るほどでした。
言うまでもなく霧が発生、雲原も少し発生していましたが直ぐに晴れていましたがしかし近畿各地では霧による交通への影響があり終日にわたりダイヤの遅れがあったようです。

 気象条件で色々と影響があるものです、気温は10℃を少し越えこの時期にしては暖かくなり雪も随分と溶けました。
次に降るまでに無くなるでしょう。

 今日の話題はお恥ずかしい事ですが家族と昨夜あったPTAと自治会役員との懇談会について少しお話したいと思います。
まず家族写真、毎年元旦に撮影している写真です。わが子達もそれぞれに大きく生長し私よりでかくなってきました。

 姪達も大きくなり、社会人と大学生になっています。関東地方で働いてる姪は勤務で帰れずでした。義兄夫婦も普段は2人となりました。
私が撮ってから20回になりました、月日の流れるのは早いものです。これから撮る恒例の元旦家族写真も減る方向となります。

 私は言うまでもなく、お分かりとは思いますが衣着用が小生です。
前にいるのが息子2号ですが、春には小学校を卒業し中学生になります。多分、9年間一人での学校生活となるでしょう。
同級生がいないのです、過疎地たる宿命なのでしょうが毎日、家族的な公誠小学校へ元気に通学しています。

 さて、昨夜あった小中PTAと自治会役員との懇談会ですが午後10時過ぎまでの話となりました。結果から言ってあまり良いものではありませんでした。
以前から度々お伝えしている学校問題、雲原村ブログでもお伝えしていますし地元紙でも報道されていますが、小中一貫校をめざした新校舎は凍結されました。

 一度は市教も建設してやると言いながら、昨年6月頃の突然の中止、暗雲立ち込み何度も話し合い署名活動もしましたが、もはや夢となってしまいました。
そこで、今後の方向を話し合うべく昨夜の話となりました。それぞれに立場もあり、又温度差もありですが、思いは一様に「地域から学校が無くなれば過疎化に拍車がかかり明日の地域はない」という意見が大半です。

 しかし今、親達は選択に迫られています。
息子2号は、新中学生一人です実は違う学校へ通学出来ない事は無いのです、その真意を聞かれました。
寺の住職で保育園園長、地域に根ざす。お気軽住職として晋山以来溶け込み頑張ってきました。先頭切って出来るわけありません。

 息子といえども学徒(弟子)です、一人前にして住職にすえるのが私の役目なのです。
同級生がなくても寂しくはありません、近い将来何処かの寺の住職となる日、師匠である親の気持ちが分かってくれる和尚となるでしょう。

 何でも楽天的は私、1人でしか経験出来ない事があります。これが住職になった時、肥やしとなり役に立つでしょう。
私の好きな禅語に、「宇宙双日無く、乾坤只一人」(うちゅうそうじつなく、けんこんただいちにん)があります。息子もこれが分かる日が来るでしょう。

 懇談内容はあまり言えませんが、残念な結果となりました。エキサイトした場面もありましたが今後の動向が気になります。
雲原村ブログにも、かままこさんがアップされています。頑張って、縁の下の力持ち的役割だっただけに悔しい思いで一杯でしょう。

 重ねてご覧下さい、学校問題は地域の問題でもあります。

平成 20 年 1 月 8 (火)

七草粥




 昨日は晴れてまずまずの天候となりました。南部では曇っていたようですが北部は雨もが降ることなく午後からは晴れ間の多い天候でした。
平常業務に戻り、少々身体が重いですねお正月で体重が増えたか。

 そんな栄養過多の時にふさわしくヘルシーメニューな七草粥を食べました。
テレビのニュースでも放映していましたが話題となっていました我が家もすっかり定番となった七草粥です。

 最近ではスーパーで手軽にご覧のようにパック詰めが手に入ります。
お粥と言えば、僧堂でも粥座(しゅくざ)と言うぐらいですから朝食なのですが薬石で食べました。朝は全員そろって食べている間もなくバラバラで起床するので仕方ありません。

 本格的に土鍋で生米から炊いてみました、勿論早くからお米は洗って水につけておきましたからいい加減に出来上がりました。
少し量が多かったのでべっとりしてしまいましたが、あっさりヘルシーです。

 七草ご存じとは思いますが、せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ、です。
ご覧のパックは、大分県産のものです。やはり暖かい所なのでしょう生長が違いますね。

 無病息災の祈るならわしで行う七草粥、古い中国の習慣が日本に伝わり、醍醐天皇の延喜十一年から正月七日に七種の若菜を調進することが公式化されたと言います。
七種粥と書いて、七草粥とも読むようです。

 正月から1週間が過ぎいろいろと初行事の便りも耳にします、お茶の家元では初釜の話題も放映していました。学生来の友人が表千家の茶界で活躍していますが忙しいことでしょう。
やはり京都、古式縁の行事がありますね。

 今日もいつもの通り、如常であります。

平成 20 年 1 月 7 (月)

晴れた日には




 今年最初の日曜日は快晴の日となりました。
朝は放射冷却で冷え込み、−3℃となり霜が降り寒い朝となりました。こんな日は天気は晴れの良い天気となります。

 予報の通り朝から晴れました、日の出は7時過ぎと遅いものの日の出と同時に洗濯物が干せそうな太陽光線となります。
気象条件などで時々雲原近辺も霧が発生しますが冬場の冷え込む時はこのような朝となります。

 午前中に娘を画塾に送りに街へ出ましたが、市街地に向かうにつれ霧が濃くなります。濃霧注意報発令状態のようです、丹波地方冬場の晴れた日の風物詩です朝から晴れなのか霧なのか分からない状態ですね。
写真下は、なんと午前11時前の福知山市街地、中心部より少し離れてはいますが駅近辺もこのような状態です。

 11時過ぎごろから霧が晴れ始め昼頃には青空が広がりますが冬の晴れの霧が濃い時はこのような事でしょう。
由良川から発生する霧が福知山盆地に溜まるからでしょう。

 生まれ育った亀岡市も同じように盆地で霧が良く発生し雲海となっていました。
雲海が見える所の山寺育ちなので、現在とあまり変わりませんね。

 終日晴れの良い天気でした、元旦の雪が嘘のようですがまだ写真のように田畑には雪が残っています。
街中からすれば景色は一変します。

 写真上は坂浦トンネル雲原側から(出た所)撮ったものです。双峰岳と大江山連峰ですまだまだ雪景色の山となっています、青空とのコントラストが良いですね。
昼頃に撮ったものです、気温は10℃程日差しは春のようです気温差は10数℃と寒暖の差が大きい日でした。

 今日は月曜日、いつもの生活に戻ります送迎業務も再開し本格的に保育園も始動します。七草粥の日でもあります明日はこのネタとなるでしょう。

平成 20 年 1 月 6 (日)
 
今年の色紙



 昨日は朝から年頭や法務と色々と片づける事があり、午前8時に出発し帰山したのは午後3時を過ぎていました。
 朝は冷え込み氷点下、−2℃でしたがその後は晴れて気温も上がりました。車に乗っている分には日差しは暖かいですね。

 年末年始は寒波でしたが、新春らしく春のようです。いつもなら次の寒波は十日戎の頃でしょうがどうなる事か、寒くなったり春が来たりの季候となります。
近辺何処へ行っても雪はあるのは雲原だけですね、お正月積もった雪も随分溶けましたがまだあります。
朝夕冷えますから雪が保冷剤のようや役目でしょうか。

 今日の話題は、今年の干支色紙です。
毎年、年始の挨拶に来られる檀家さんに元日に渡している色紙です。完全手作りの手前みそな色紙です。
有名方や老師様の色紙なら価値もあるでしょうが、菩提寺の和尚が手作りした色紙が一番かと思いこみしています。

 以前は隠居和尚に字を書いてもらった合作でしたが3年前から私が書いています。
友人和尚さんに手本を頂き、ぶっつけ本番で色紙に300枚近く書けば最後の方にはそれなりになりますね。誤解なきよう、300軒も檀家さんがありません半分もありませんが配りまくり、最後には玄関に置きご自由にお持ち帰り下さい状態です。

 今年の龍雲寺の漢字は、「無」です。
何も、清水寺様に対抗するわけではないですが1・2字の方が早く出来上がるからです。臨済禅を一言で現すなら「無」でしようか。
何もない、無なのです物事にとらわれない境涯というか奥深い無なのです。

 修業の時も、この無の壁にぶちあたり修行僧は無ー、無ー言い参禅の時に老師の前でこの無を表現し見解を現します。
長い人では数年かかるとまで言われる大事な「無」といえるでしょう。

 干支を描きますが最近は版画式に細部は修正しますが新年らしく赤で書きました。
円相は朱墨で書いています。
以前は袋もありませんでしたが色紙が入る封筒を切って代用しています。青の龍雲寺も木版画で自分で彫刻した物です。

 円相の中に龍雲寺となっていますが、ある方が円相を龍雲寺だけに「龍」ですかと言われていましたが、筆で書き飛び散った墨を表現しています。が、業界関係者ならお分かりでしょうが在家の方にはやはり分からないでしようか。

 龍雲寺干支色紙、毎年楽しみしていただいている方がある限りは続けます。

 今日は日曜日今年最初の日曜日、さすがに法事はありませんがこの色紙やカレンダーを京阪神の檀信徒の方へ発送準備となります。
年末にお歳暮も頂いていますからお返しの意味をも込めています。

平成 20 年 1 月 5 (土)

峠の雪




 昨日は予定無し合間となり、思い立ったように出かけてみました。
いつものコースで南へと車を進めます、予定の通りに到着となりますが高速道一般道も渋滞無く1時間30分で到着、早いものです。

 本山へ行くよりスムーズで早く着きますやはり便利です。
しかし人が多いですね、迎春ムードもあちこちにありますし、生田神社の近くでは着物姿の若い方も見てお正月月だと実感しました。

 今日から保育園も始まり仕事再開となります。
いつもの生活に戻ります、正月の後片付けもそこそこすんでいましたが完全ではなくこの週末でぼちぼちとする予定。

 法務も再会、舞鶴市へ逮夜のお参りへ行きます。ついでに毎年郵送している年賀品を配ります。
舞鶴方面も数軒檀家さんがあるのです。一緒に個人的にもお世話になっいる所へ色紙を持って挨拶にも行く予定です。

 この週末で遠方、京阪神などへも発送の準備などの予定、事務仕事もついでに片付けたいですが中々出来ないのが私です。
年賀状を頂いている方にも返事書いたりしたいのですが、、、。

 後になりましたが今日の写真は2日の雪景色です。
雲原の先山(さきやま)の峠、兵庫県との境です福知山市と豊岡市は接しているわけです。合併で豊岡市も広くなり、豊岡市但東町となります。

 今ではこの峠も近くにトンネルが開通でしたので通行量は減ったでしようが利用はあります豊岡市側から除雪車が上がってきていました。
久しぶりに通りましたが峠の数カ所に観測用の設備が設置してありました。雨量や積雪量を自動で観測する設備でしょうか。

 新年早々の除雪車出動となりましたが今年の雪はどうでしょうか。

平成 20 年 1 月 4 (金)

年頭無事終了




 どうしてもリアルタイムになってしまいますが、昨日は年頭が無事に終わりました。
朝は冬が舞う寒い日となりましたが、昼までには回復し青空が広がりました。
新年初めての快晴です、雲原では。

 元旦から降り続いた雪も一休みのようです。
午前7時に出発し雲原内を回りました、子供達は今年は4人です内、中学生が3人ですから大人に近いですね。
中学までで高校になれば年頭も卒業です。

 午前11時には終了して帰山し、お年玉や頂いたお菓子を分けます。
是も楽しみの一つですが、歩くことが少ないので結構疲れるでしょう。と言うよりこう思うのは私だけでしょうか。

 普段歩かないので太ももが痛くなりました。天候状況に左右されますが雨でなく助かりました。吹雪なの中の年頭もありました。最近の大雪の時は家が埋まっている状態のような時もありましたね、私が住職してからは殆ど雪がありました。

 さて、ご覧のような籠というかミニ柳こおり箱にお札とお餅を入れて「龍雲寺年頭」と玄関で元気よく挨拶し渡します。この箱にお駄賃のお年玉かお菓子を入れて帰ってくるわけです。お盆でもいいのでしょうが当山は代々このこおり箱を使用します。

 年号見て代々受け継がれているのがお分かりでしょう、明治19年に新調された物です。
当時の住職、第7世後藤雪鑑和尚の時代となります私が11世ですから月日を感じます。

 これを見て、あのサイズにぴったりと思われる方は禅宗和尚、僧堂経験の方でしょう。
袈裟文庫にぴったりなのです、今は漆塗りの固い箱ですが柳こおりだったかもしれませんね。袈裟文庫とは修業に行く時に持つ物で大事な袈裟等を入れる箱です。
それに、持鉢、教本、硯石をくくりつけて前に掛けます、簡単に言えば振り分け荷物です。

 豊岡に近いので、柳こおりなのでしょうか。地場産業となっている鞄制作産業いまでも会社が多くあり盛んです。
以前に是より太い、こおりで出来た手提げ鞄(ボストンバックサイズ程)を店先で見ましたが、びっくり仰天の値段でした。完全手作り、材料の希少価値なのでしょう。

 年頭から鞄の話になってしまいました、年頭から脱線していますが今後も愚庵帖をご愛好下さい。

平成 20 年 1 月 3 (木)

雪続く

         



 昨日の2日も朝から雪が降り続いていました、除雪車も出動となり30p程の積雪となりました。峠を越えた与謝野町の方が少ないですね、やはり雲原の方が数倍あります。
特に午前中は降ったりやんだりでした。

 午後からは降り止み、気温が上がったのでしょう雨になっていました。
峠や高い山は雪でしたが雪景色となり年始、1月ならではの風景となりましたやはりこの時期雪がないとしっくり来ませんね。寒いですが。

 比較的一息付ける日でした、時々来山される方もあるのですが結局ありませんでした。後片付けなどしたりしていました。

 今日は年頭です。
大般若の祈祷札とお供えした供物(お餅)を配ります。年頭配札とも言いますがお寺によってまちまち色々でしょう。
当山のこの行事は、早朝より子供が「龍雲寺年頭」と玄関で大きな声で言いお札を渡します。その後に住職が挨拶に行くわけです。

 子供達が先回りして行くわけです、代々この仕事はお寺近くの子供がする事になっいます。お札を渡した後、お年玉やお菓子を一緒に頂きます。
全て終わった後、お寺に帰り子供達が分け分けするわけです。これが楽しみにもなっていますが寒い中の徒歩は結構疲れます。と言うより私の方が足が痛くなりますね。

 午前中で終わりお昼を一緒に食べて解散となります。私は午後からは与謝野町と福知山街中を回ります。30軒はあります運転は奥様にしてもらうので助かります駐車の事や効率わ考えればスムーズに進みます。
しかし夕方までかかります帰山する頃には暗くなっています。

 この年頭も以前には全て徒歩、近所の檀家さんの大人が一人荷物持ちで回っていましたが無くなり、今では車で回ります。
時代の流れと言えばそれまでですが続くまで行いと思います。

 雪道なので長靴履いての年頭となります。

平成 20 年 1 月 2 (水)

新年から雪

         



 元旦の朝は晴れて少し雲がある程度でした、午前7時頃には晴れてうっすらと雪景色の元日の朝となりました。

 しかし8時30分頃から雪が振り出し見る見るうちに積雪となり終日降ったりやんだりとなりました。
年始の檀家さんも「よく降ってますよ」と言いながら来山しれていました。午前中は庫裡内に居ましたから分かりませんでしたが一息ついて見てみると景色は一変、銀世界となっていました。

 良く降ります、現在も降っています。30p近くはあるでしょうか今日は除雪車が出動となるかもしれません。
新年早々お疲れ様です。

 しばらく寒気が居座るようで3日間は雪のようです。
ついに待望のと言うか、雪ネタがお伝えできるようになりました。でも新年早々から雪が降らなくてもいいのですが自然現象に文句言っても仕方ないことですね。

 外出していないので分かりませんが、この積雪量で思うに雪景色は福知山では雲原近辺だけでしょう。
国道は融雪用の散水があり通行には支障はありませんが、生活道路は除雪市内と駄目ですね。新年早々雪かき仕事となりそうです。

 少しか、大変か、動かず座って栄養取っていた年末年始でカロリーオーバー気味の身体にとっては適度の労働でしょう。
しかし普段使わない筋肉使うので筋肉痛ともなります。

 昨日は午後からは数人の年始来客がありましたが夕方に深々降る雪で来客も無く、暗くなってから我が家の新年となりました。
身体には駄目なアルコールも少しいただくとクラクラ、寝不足だったのか一寝して目覚めてから初風呂をいただき床につきました。

 今日は行事もなく比較的くつろげます、明日は年頭で雲原内を回りますが雪の中となりました。
新年のお笑い番組見て雑務と後片付けとなります。

平成 20 年 1 月 1 (火)
 
元 旦



 謹 賀 新 年
平成20年となりました、新年早々雪景色となり又寒い元旦となりました。大晦日の朝は大変冷え込み19年最後は寒い朝となりました。
庫裏の部屋が中々暖まりませんでした。

 日中も5℃以下と吹く風も大変冷たく家の中から出るのがおっくうな日でした。
夕方には雪がチラリチラリと降って除夜の鐘突く時にはうっすらと雪景色となりましたが寒い中大勢の方に来山頂きました。

 大根たくさんおでん、も好評でした。味付けは私で和尚手作りおでんです。
画像はその時、除夜の鐘の様子ですが白く光る物体は雪ですのでご安心下さい。心霊現象ではありませんフラッシュの光が反射したものです。

 毎年のことですが、大晦日の夜も紅白等大晦日の特番も見る間もなく、色紙作りとなりました。と年始の準備です。
毎年ギリギリの準備となります、来年こそはとは毎回思いますが駄目ですね。

 お尻に火がつかないと動かないので反省しています。

 元旦、年始で檀家さんが来山されます。本堂へお参りし、年回表の繰り出しを見て、座敷で新年のご挨拶となります。
梅昆布茶とお菓子を出します、お茶出しは家族の仕事となります午前9時過ぎ頃からぼちぼちと来られます。
120人程は来られるでしょうか、ピークは11時頃でしょう。

 私は座って挨拶しているだけです。それこそペコちゃん和尚三昧です。
午後からもポツポツと来られますから終日年始受け、暗くなってからお正月のお祝いとなりそうです。

 が、薬石後は撃沈そのまま夢の中となりそうです。

 今年も何卒宜しく願いいたします。